音楽と人と自然はいつも無限大。…そして『石川大地』も。 音楽と人と自然を愛し、独自の世界観を作り出すシンガーソングライター『石川大地』のブログ。

石川大地と音楽と自然と。

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花火と夏と石川大地と。
と言えばお祭り花火を連想するもの。
浴衣を着て外を歩けるシーズンであり、
夏を満喫するためのイベントがこの時期は特に多い。

みなとみらい花火

花火大会とか大規模な大会には
生まれてこの方一度も行ったことがない。
行けなかったのではなく、行かなかったと言った方が正解かも。

もともと田舎(?)育ちというのもあってか、
人の多いところを歩くのがどうもこうも苦手だった。
新宿や渋谷を闊歩する人の神経が程ほど理解できない位に。

花火大会どころか遊園地やテーマパークなどにも
ほとんど行ったこともない。行きたいとも思ったこともない。
音楽やってる身だからか、ライブハウスだけは例外だったりだけど。

人の多いところを歩くのに苦手意識を持っている人は
強迫観念を持ってる場合が多いとか多くないとか。
何に対しての強迫観念なのかは分からないが、
何かしら、に対しての恐怖心があったりするとか。
別に人が嫌いなわけでも、強迫観念があるわけでも
対人恐怖症だったり鬱だったりするわけでもない。
むしろ人の歩く姿や生活の一部始終を傍観してるのは割りと好きな方。
ただ、人が多いのが苦手、なだけ。

音楽映画に関しても似たところがある。
人がより好むものは、自ら好んで観ない、聴かない、
というか、そういう機会があまりなかったと言うべきか。
割りと自分の好みに正直に生きてきた、
素直に受け入れられるものしか受け入れてこなかったと言うべきか。
別に大衆に受け入れられる音楽や映画に対して皮肉染みた捉え方をしてたわけでもなく、そういうつもりもなければ、そういう風に思ったこともない。

でも、考えてみると、
ちょっと食わず嫌いしてたのかも。
そう思うと、ちょっと反省すべき点がある。

全てのモノには良さがあり、
醜いところも含めて、良さがある、と思っている。
それを感じれるようになったのはここ数年前くらいから。

音楽や映画にしてもそうだ。
それまでと違い、一つの音楽や映画を幾度も幾度も
繰り返し聴き、観る、という機会が増えてきた。
CDやDVDもレンタルじゃなく、中古で購入し、何度も観る。
いつしかそれが自分のスタイルになっていった。


花火は一年の中でも1シーズンだけのイベント
その刹那さや儚さを楽しむ心は、
春の桜の花見と似たところにあるのかもしれない。
そう思うと、なるほど、と思えてくる。

花火も見世物ではあるが、
桜同様、一つ一つの華を目で追い、
そして散ってゆく様を見届ける。
それが感じるという事なのだろうと思う。

感じる心

それが日本人が持つ美徳なのだと再確認できた。

そして改めて日本人としての心をより知りたいって思った瞬間でもあり、
もっと単純に、楽しむってことに制限もなければ、法則もないなって
素直に自分の気持ちを開放した瞬間だったような気もする。

去年の夏に出来た曲、

晩夏を思わせる雰囲気のある曲なんて
それまで一度も作ったことがなかったし、
自分からそういう曲が生まれるとは思いもしなかった。


夏は楽しむもの。

楽しいイベントが沢山ある。

色々な人が様々な想いの中で夏を過ごし、花火を見上げる。

人が賑わうところ、

それは人が楽しんでいることの証。

もっともっと

日本人の心を楽しみたいって思うようになったのは間違いない。




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| 想ふ処 | 22:07 | トラックバック:0コメント:6
文化と宗教と音楽と石川大地と。
何かを頭の中で描く時、
頭の中にある真っ白なキャンバスに向かって
無意識に線を描き、色を入れ、
そして、それはいつの間にか描き終わっている事に気づく。
いわゆる、それが『イメージ』、『想像』なんだと思う。
無意識で感じ取る感覚やイメージ、写念、想像。

人は哲学を持ってして生きている。
人は思想を待たずして生きてはいけない。


言葉でいうと堅苦しく、何か怪訝な顔をされそうだが、
人が生きている限りは思想が蔓延り、そして蔓延する。
言うなれば、宗教もその良い一例だと思う。

人は宗教に哲学を見出し、崇拝し、偶像化し、
自分を、その偶像の中に見合わせる、近づこうとする。
それ自体は何ら悪いことでもなく、
批判する余地もないし、するつもりもない。

宗教自体は何も悪いものでもないし、
むしろ、人と人の交流、心の触れ合いをもてる場として
国や言葉や肌の色、年齢を超え、
一つの人の集まりの『想像の場』になっている。

海外に住んでいれば、多宗教の文化が入り混じり、
それを理解しながらも受け入れている人たちを目にする。
本当の意味での国際社会とはそういうところだと思う。
他民族が入り混じる中でも争いのない、理解を持った文化。
そんな中で育ったのもあって、基本的に宗教に対しても
偏見などもないし、特別視するところもない。
イスラムの生徒たちは授業前後になると、
急に床にひれ伏し、お祈りを始める。
そんな光景が当たり前にあるのが他民族国家の特徴。

宗教が作り出すパワーは凄まじい。
元来、日本人も仏の教えに従い、
歴史と名のつく時代から、その歴史を築き上げてきた。

その中でも『音楽』は生まれていった。
言うなれば、『音楽』とは古来より
人の思想の上で築かれていった想像物なのだということ。

『想像』『創造』

人の心や思考に訴えかけるモノは人を呼ぶ。
それがより受け入れられるようなモノであればあるほどに。
音楽でも全く同じことが言えるだろう。
それだけのパワーを音楽は持っている。
そして、宗教と同じくして、音楽は古より生き続けている。

そして、何よりも、
宗教は争いを生む壁を作るのに対し、
音楽は壁を壊す力を持っている。
同じ影響を与えるこの二つの『想像』は
似て非なるもの。

幸せになる、
感動する、
平和を詠う、
などを自らの歌で提唱するつもりはないし、
そんな格好いいものでもないし。


でも、
音楽を通して、感じるを感じ取ってほしい。

それが人を想うという気持ちの根底にある感情なのだから。


| 想ふ処 | 14:27 | トラックバック:0コメント:0
ステーキハウスと石川大地
美味しいお店を発見した時、
何かとても得した気分になってしまう。
そしてついつい友達に紹介したくなってしまったり。
大樹と大地、この二人はとにかく肉好き
肉を喰らう周期が月に最低でも2・3回は訪れる。
ステーキハウスも色々と食べ歩いていては、
お気に入りのお店だけを厳選し、通うようになる。
肉を口にしない時期が続くと、ちょっとした禁断症状に陥る程。
毎日は食べられないかも知れないけど、かなりのステーキ通。

MOBY DICK SALOON

個人的にもあまり行きつけのお店は多くはないけど
今年に入って頻繁に通うようになったお店。
MOBY DICK SALOON
家のすぐ近くに位置するステーキハウスで
武蔵野市西久保3丁目(最寄は三鷹駅)に店を構える
個人経営でとても小さなお店。
店内は10人もいれば席が足りなくなるような、
そんな小規模なところ。

店内に入っていくと、
看板犬の「フレイ」が尻尾を振り回しながら走り寄ってくる。
とても可愛らしくて、元気でやんちゃな犬。
犬種とかは詳しくないので、今ひとつ何犬だか分からないけど
とにかく可愛い。特に上目遣いなところとか(笑)

ここのステーキは和牛を使用していて
とにかく美味しい。味わい深く、肉質も上等。
脂身を食べても口の中で溶けていくような、そんな柔らかい質感。
ソースもにんにくのすりおろしと醤油ベースの和風ソース。
非常に食欲を引き立ててくれる。
店内はステーキハウスというよりも
小さなBARという装いなので、
ちょっとステーキが出てくるとは想像もできないかも。
ステーキ好きな人にしたら、ここは紛れもなくオススメ。


ほかに
国立にあるステーキハウスも良く大樹といく。
ここのステーキハウスはとにかくボリューム感があり
BBQライクな感覚で食べられる。
味付けも塩とコショウと至ってシンプル。
肉の旨みだけで食べるような
そんなステーキハウスらしいステーキハウス。
席に着くと運ばれてくる付け合わせというか、
サービスのアメリカンコーヒー(お代わり自由)とピリ辛コーンサラダ。
このピリ辛コーンサラダがまた食欲を引き立ててくれる。
非常に辛いけど、何故だかとてもハマってしまう一品。
1kgのステーキもあるみたいなので
いつかは挑戦してみたいって思ってるんだけど
果たしてどのようにして食べるかが問題。。。


東京の東側のお店とかはほとんど行ったころもないし、
まだまだ他にも最高に美味しいステーキハウスがあるかも知れないし、
どこかにそんなお店があるならば、是非とも知りたいし行きたい。
日本各地のステーキハウス巡りとかちょっとしてみたい今日この頃。。。

| お酒&旨いモン | 11:28 | トラックバック:0コメント:7
沖縄料理と南国と石川大地と。
沖縄には行ったこともないが、沖縄料理は好きだ。
関西人好みの薄味というか、さっぽりした味わいがあって、
使われている食材も健康的で胃にも優しい。
中華料理をこよなく愛してはいるけど、時には優しい味も求めたくなる。

吉祥寺でよく行く沖縄料理屋
ニラカナイ
ニラカナイ』とは理想郷を意味する沖縄の言葉である。
独特な沖縄テイストな店構えと同様に
働いている人も独特で、まるで店内だけ沖縄にいるかのよう。
吉祥寺には2店舗あり、良く行くのは北口の東に位置するお店。

料理も好きでチャンプルなどは良く作ったものだが
やはり家で作るとどうしても沖縄独特の味は出にくい。
というか、作り方は自己流で、見よう見まねだから当たり前か。
お店で出されるラフテーやチャンプルの豚肉の異様なまでの柔らかさは
どうやってやっているのか疑問に思えてくる。
ラフテーは沖縄のお酒、『泡盛』に漬けて煮込む料理。
という事は料理する豚肉は全て泡盛漬けにしてるのかな、たぶん。
今度泡盛を買ってきて試してみたいと思う。

海葡萄

以前より興味あって、なかなか口にする機会がなかった一品。
海葡萄いやぁ、美味しいです。
何も付けずに、そのまま潮の香りを楽しむのがいい。
沖縄料理は、中華料理のように『醤』を使わず
ダシと塩味だけという優しい味わいがとても気持ちいい。
シンプルさの中にある、自然の贅沢な味わい。
何度食べても飽きが来ないのもそのおかげなのかも。

今までの人生において、
南国よりも北国という考えがあったせいもあって
どうも南国に対するイメージは強く持てなかった。
でも、屋久島に行ったというのもあり、
沖縄料理も好きというのもあって、
最近は特に南国に行ってみたい衝動に駆られることもしばしば。
南国=長寿。そんなイメージさえあるけど、
何かのんびりとしていて、優しい空気と時間がそこにはあるのかも。
一度足を踏み入れたら楽園
そういう言葉を残していく人が多いというが、
ちょっとだけ、最近は楽園願望ありなのかも。


| 想ふ処 | 13:09 | トラックバック:0コメント:10
同窓会と友人と石川大地
2005年12月

今年の年末、は高校の同窓会が行われる。
当時オーストラリアのBBCの略称で知られている
Brisbane Boys College

BBC

に通っていた。

中学・高校と一貫の学校だが、
そこでは色々と学べ、成長できたと思う。
何より自分の将来について真剣に考えさせられる環境があった。

小さい頃から海外生活が長かったせいもあってか、
日本の生活に強く憧れを抱いていたのもあり、
高校2年の冬、姉妹校にあたる当時の『佐野商業高校』に
短期留学するほど日本ビイキだった。日本人なのに。

今になって考えるてみると不思議なほどまでに
日本への帰国、そして生活を何よりも望み、そして
現地での大学進学をではなく、日本への帰国を自ら選択した。
当時、高校時代の友人には「一緒に勉強しよう」とか
「一緒に音楽作っていこう」などとも言ってくれてた事さえをも
今思えば、無碍に切り捨ててしまってたんだな、と少し反省(笑)
現地に残って、当時の友人たちと共に歩み、成長し、
そして音楽をも向こうでやっていたら、
また違う人生がそこにはあったのかも知れない。
そのような if は考えないようにしてはいるけど、
当時の友人たちの言葉を思い返すと、少し考えてしまって仕方ない。

音楽に盲目になっていた年齢だったことも考えると(今もそうだが笑)
日本に帰ってきたことが正解だったか間違いだったかは
正直言って、今になってはもう分からない。
でも、今の仲間、環境、音楽、そして自分に出逢えたこと、
それが何よりも帰国を肯定的に捉えさせてくれる。
ただ、広大なオーストラリアの地で、
自分の中に生まれ始めていた大事なモノである
夢の欠片 を見つけられたこと、そして
友人たちによってたくさん勇気付けられたこと、
その全てが今の糧となり、音となっている。

そんな友人とも再会できる同窓会が
南半球に位置する国で、今年の暮れに行われる。
タイミング的に行けるのであれば行きたい。
だが、帰国してまだ一度もオーストラリアの地を踏んでいない。
日本に帰国してからも色々と経験し、学んだ。
そして際限なく今も尚、成長しているとも思う。
そんな姿を古い友人たちに見せてあげたい気持ちはある。



今年は色々な意味で自分にとっては節目の年なのかも。


みなさんにとって、今年はどのような一年ですか
| 想ふ処 | 14:34 | トラックバック:0コメント:0
珈琲と音楽と石川大地と。
喫茶店に長いこと働いていたこともあって、
珈琲には以前より親しみを強くもっている。
本当に美味しい珈琲は眠気覚ましとしてではなく、
本当に美味しい飲み物として時間や空間と溶け合う。
美味しい珈琲はちょっとした優雅なひと時を演出してくれる。
紅茶もそうだけど、ティブレイクといった言葉からも言われるように、
毎日の忙しい時間の流れに、ちょっとしたゆとりを注ぎ入れてくれるのだ。

ふと思い立ち、
珈琲は一体どれくらい人々に愛されているのか?
ちょっと興味本位で調べてみることにした。

珈琲起源から調べてみる。。。

世界では10~11世紀頃に珈琲がエチオピアからアラビア半島に
伝えられたことがきっかけとなり広まっていったという。
日本ではどうか?
1609年の大正14年、平戸に和蘭商館が開設され、
コーヒーが伝えられたと言われている。
100年後の1724年、享保9年にはオランダ人による、
西洋のテーブル・マナーの講義をまとめた「和蘭問答」の中に、
コーヒーと思われる記述が出てきた。
やはり西洋から来た飲み物であったが、その黒い液状の飲み物を
日本人として初めて珈琲を飲んだ経験を書いた田蜀山人という人は、
コーヒーは焦げ臭くて味わうにたえないと書いているとか。
いずれ、自由貿易が開始され、珈琲も正式に輸入されるようになり、
1900年過ぎ頃から、どんどん喫茶店が出店していくようになったとか。

珈琲と歴史上の偉人たちとも深く関わりがあったようで
かのナポレオンや、音楽家バッハとも深く関わりがあったとか。
トルコから発展したトルココーヒーは、17世紀にヨーロッパに上陸し、
1645年にベネチアにヨーロッパで最初のコーヒー店が開業した。
さらに、フランス、オランダ、イギリス、ドイツ、オーストリアと、
コーヒー店はヨーロッパを席巻していく。
イギリスでは「コーヒーハウス」の名で親しまれ、
1650年に最初のコーヒー店が開店してから10年あまりで、
その数数千に及んだという。ヨーロッパのコーヒー店は文化を育て、
歴史をつくるとなっていくのだが、
一方でコーヒーに対する反対運動も起きてくる。

1674年、ロンドンの主婦たちは結束し、
コーヒーハウスに入り浸っている亭主族への
抗議デモ「コーヒーハウス反対運動」を展開。
果ては、コーヒー有害論まで出現するというありさま。
この波は他のヨーロッパ諸国へも飛び火した。
イギリスに遅れること20年あまり、1670年になってドイツにコーヒーが入り、
79年にはドイツ初のカフェが登場。そして、ドイツでもコーヒー騒動が起きる。

ここで登場するのが、あのヨハン・セバスチャン・バッハ。
1673年、コーヒー愛好家であったバッハは、
お静かに、おしゃべりめさるなというカンタータをライプツィヒのカフェで、
自らの指揮で初演した。これが、俗にコーヒー・カンタータと呼ばる、風刺喜劇。
歌詞は、当時の人気詩人・ピカンダーによるもので、
「千のキスよりすばらしく、マスカットぶどう酒より甘いわ。
コーヒー、コーヒーはやめられない」

という娘にたいして、
「コーヒーをやめないなら外出禁止だ」
という父とのかあけあい、
さらには家中を巻き込んでの大騒ぎが展開されるというもの。
この歌詞は当時かなりの評判を呼んだそうで、
バッハ以外にも2~3人の作曲家が曲をつけたという。
どれだけ珈琲が親しまれていたかが窺い知れるところかも。

面白いことに、インスタント珈琲を発明したのは日本人だとか。
アメリカで初めて発表され、商品化されたが、
加藤サトリ博士という日本人化学者によって発明されたソリュブル・コーヒー
コーヒーをいったん液化してから粉末にするという過程で作られたとか。


まだ日本での珈琲の歴史はまだ正式に言うと150年くらい。
まだまだ親しまれていないのかも。
珈琲は苦くてダメ、という人も多くいるし、
砂糖やミルクを入れないと飲めないという人もいる。
本当の淹れたての新鮮な珈琲は
透明感があり、どことなく甘みもあり、そしてクリアで香ばしい。
豆を購入して飲まれる人も沢山いるとは思うけど、
もし豆を購入したのであれば、
涼しくて、湿気のないところ。
もし飲みきるまでに時間がかかると思うのであれば、
豆を挽いてから密封し、冷凍庫で保存すると良い。
豆は生モノ。新鮮さが命なのだから。

ちなみに、焙煎の濃い豆がカフェインの含有率が高いと思われがちだけど
アメリカンのような、薄い焙煎の豆の方がカフェインの含有率が高い。
むしろ、エスプレッソに使われるような
「イタリアン」や「フレンチ・ロースト」などの豆は、
比較的カフェイン含有率が低い。
というのも、単純に使用する豆の量に違いがある。
アメリカンはお店とかでは少ない豆で出すところも多くあるけど
本来は薄い焙煎の豆を普通の珈琲を炒れる分と同量使用し、
蒸れ過程を省いて、勢い良く注ぎ入れる事から
クリアでストレートな味わいが生まれる。
エスプレッソなどで使われる豆は、
通常の珈琲一杯分の豆を使用して、
すごく少ない量を時間を使って抽出する。だから濃いのだ。
焙煎の過程でカフェイン成分は減っていくので、
濃い豆は基本的に含有率は少ないといわれている。
それに、アメリカンは朝飲むもの。
エスプレッソは夜の睡眠前などに飲むもの。
そういう風に位置づけされている。
解釈としては、アメリカンは目覚ましとして、
エスプレッソは落ち着かせるためとして。
大地は真夜中に一人で飲む濃い珈琲が好き。
見事に音楽と調和するちょっとした空間が生まれる。

音楽仲間の大樹やヒロ(GURA)の二人は
珈琲にちなんだ曲を持っている。
大地も何か珈琲にちなんだ曲を作ろうかと思ってるけど
なかなか良いテーマというか題が浮かばない。。。

「ブラック」?
「カフェオーレ」?
それとも普通に一言で「珈琲」?


何かいい案を求む(笑)

| 想ふ処 | 13:16 | トラックバック:0コメント:2
吉祥寺と伊万里と石川大地と。
オーストラリアから帰国して間もない頃、
良く吉祥寺の街をイトコに案内してもらったりしたけど、
そんな風にして行き当たりバッタリな感覚で街を徘徊し、
疲れた足を休めるように辿り付いた一軒の喫茶店に足を踏み入れてみた。

cafe de 伊万里

一言で言うと、伊万里焼を扱う喫茶店だった。
店内は二手に分かれており、
店内に入って右手は一枚岩でできたカウンター席があり、
左手には12人掛けの大卓があり、伊万里焼の展示も行われていた。
とても居様な空間が非常に印象的だったが、
お世辞にも綺麗でハイセンスなお店とは思えないそのお店は、
独特のアンティークな雰囲気が色濃く、妙に音楽の創作意欲を刺激した覚えがある。

結局その日にバイトの面接を受けることになり、
そのまま、お客からバイト面接に切り替わり、
しかも、その翌日から働くことにもなった。

結局長年働いたお店なだけあって
今でも愛着はあるし、ちょこちょこ顔も出している。
先日顔を出したら、昔一緒に働いていた
I氏Sっちが働いていて、ちょっと昔を思い出して
妙に懐かしく、嬉しくなっちゃったりもした。

もともと飲食店で働くのは好きで、
接客というか、料理を作ったり、
珈琲を入れたり、お客さんと会話したり。
そんな日常が大好きだった。
楽しいことばかりでもないけど。

珈琲専門店だったので、
色々と珈琲のことも勉強できたし、
技術的にも珈琲を入れるイロハを教わった。
面白いことに、同じ豆でも
入れる人によっては味が全く変わってくるほど。
そして、自分の入れる珈琲にお客さんがついてくれるほど、
お客さんにも顕著に味の違いが出てたんだと思う。
自分の体調が悪い時や、うわの空の時には、
どうしても美味しい珈琲は入れられない。
無心で珈琲豆に一定のスピードと熱、量をもって、
香り立たせるように静かに注ぎいれる。
一杯一杯ドリップ式で珈琲を入れていた当店で、
実際に珈琲を入れさせてくれるようになるまで
丸々2年もかかったくらい難しいことでもあった。

この伊万里を通して色々な出会いもあった。
音楽を通して、ほとんどの友達は
このお店に会いに来てくれたり、
お茶しにきてくれたりした。
小さい頃から実家を持たずに転々としてた大地の
唯一の実家的な存在だったのかも知れない。

今はお客さんの足取りも減ってきてるのか
左手の大卓のある部屋は打ち壊しになり、
右半分しか残っていない。
少しばかり悲しい気持ちもあるが、
何とかずっとこのままが残り続けてくれることを願いたい。



ふと淹れたての美味しい珈琲を飲みたくなる。
時間を忘れる一時を珈琲と共に、、、。

| | 12:51 | トラックバック:0コメント:0
音楽と人種と平等と。
音楽は大好きだ。

そこに垣根などなく、ひたすらに自由だから。
そして、人種をも超えて、言語をも超えて、
音楽一つで人が寄り添ってくる。

オーストラリアに住んでいた頃は
何よりも人種差別の多さに頭を悩ませていた。
とにかく偏見の塊なのである。
それが何よりも悲しく、寂しかった。

肌の色が違うだけで、話す言葉が違うだけで、
それだけで差別というか、迫害する。
おそらくは島国という環境がそうさせているのかも知れない。
海を渡って、オーストラリアに移民してくる人は多い。
だが、自ら海外に出向くことは残念ながらあまり聞かない話しだ。
近年、経済的にも、教育に関しても発展が促されていき、
国民レベルで海外進出するような動きが見られてきているが、
まだまだ始まったばかりな感は否めない。

オーストラリアに在住していた高校生の頃、
校舎を歩いているだけで、
屋上から林檎を投げつけられたり、
言葉で罵倒してきたりされたものだ。
学校参観日があった日、
まだ3・4歳くらいのかわいい子供を連れて歩いている親子とすれ違う。
その時、その子供がこっちを指しながら、
Yellow Monkey!!などと言われたりもした。
ひどく悲しい気持ちになった覚えがある。

日本でもイジメが後を絶たないという。
正直、人を差別し、罵倒する人間は
閉鎖的で盲目な人間が多い。
小さい宇宙でしか生きていない何よりの証拠だ。
自分を自分で小さな人間と評しているようなもの。
それを気付かせてあげられるのは
周りにいる人間だったり、親だったり、友達だったり。
でも、何よりもそういう社会にしていかなきゃいけないんだと思う。

音楽は人を選ばない。
音楽は人を差別しない。
音楽は人が生み出した
人に楽しんでもらうためのモノ。
だからこそ、憎まれず愛されるのだと思う。


人も同じなのだと思うのは間違っているのだろうか?





| 想ふ処 | 13:09 | トラックバック:0コメント:0
日本人として考えさせられること、ホワイトバンド活動と音楽と石川大地と。
ホワイトバンド活動

3秒に1人、子供が貧困から死んでいます。食べ物がない、水が汚い、そんなことで。この状況を変えるにはお金だけではなく、あなたの声が必要です。貧困をなくそう、という声を表す、ホワイトバンドを身につけてください。

THE WHITEBAND PROJECT
ホワイトバンドをつけよう

ホワイトバンド
「ホワイトバンド」とは、メッセージの入ったシリコン製の白いリストバンド。日本では300円にてオフィシャル・ホームページ(http://www.hottokenai.jp)、全国主要書店、タワーレコード、フランフラン、にて7月より販売致します。私たちにできること、それは一人ひとりの行動が大きな力となることを信じ、個人の意志によって参加し、ホワイトバンドを身につけ貧困撲滅キャンペーンへの参画を促すものです。

先日の大樹のブログにも書かれてたことだが
世の中には貧困により、死に行く子供たちが
後を絶たない状況にある国々が沢山存在する。
人生の中にある灯火を持つことさえ許されず、
ただただ貧困により消え去って行く灯火。
日本の生活では考えられないことかも知れないし、
実際、関わりの薄いことなのかも知れない。

今までの人生生きてきて、
特に不自由もした事もなければ
金銭的にひどく苦労したこともなかった。
音楽という最高の『灯火』にも出逢えた。
今、助けを必要としている子供たちは
人生の灯火すらを与えられないままに
3秒に1人の割合でその人生を終わらせてゆく。
たまたま貧困の国に生まれただけなのに。
そして、たまたま日本に生れ落ちたというだけで
何一つ不自由のない生活をできている自分がいる。

誰に責任があるわけでもない。

ただ、経済力のある国だけが裕福に、
貧しい国は借金を抱えたまま悪循環に陥れられ
そこから抜け出す経済力も持てず、
子供たちは今日も3秒に1人の速さで
尊い命の灯火を消していっている。

でも、生れ落ちた時点で灯火を与えられた者。
生れ落ちた時点で暗闇しか知る由のない者。
この二人が一つの迷宮に迷い込んだとしたら
誰が誰を救えるか?

自由な国で生まれたことが運命なのであれば
貧しい国で生まれたことも運命なのかも知れない。

ならば

貧しい国を救うのも運命なのではないだろうか?

一人の人間ができる事は少なく、小さく、儚い。
でも、小さな想いでも、募れば、何よりも大きく、
そして強い気持ちとして、貧困を救うこともできる。

世の中に今一度それぞれが生まれた運命を
見つめ直させる動きが必要なのかもしれない。
人生80年しかない中で、
自分の力で、想いで、援助で
何人かの命が救えるのだとしたら
自分が土に還るときには
その生まれてきた運命を全うした、
そんな気持ちにも思えるのかもしれない。

【今の世界の貧困状況】
●1日1ドル以下の生活・・・・・・・12億人
●きれいな水を飲めない人・・・・・・10億人以上
●満足な食事にありつけない人・・・・8億人
●極度の貧困により命を落とす子ども・3万人/日
●妊娠・出産時に死亡する母親・・・・0万人
●小学校に通えない子ども・・・・・・1億人以上
●小学校を修了できない子ども・・・・5人に1人
●読み書きのできない大人・・・・・・8億6000万人
●これまでのエイズによる死者・・・・2000万


こういうホワイトバンドのような活動自体を偽善と言う人もいる。
でも、上の状況を知りながらも
何もしないのか?と思うし、ただ評論しても意味がない。
自分ができる小さなことから
何かしらできるという小さな動き、想い。
小さいからこそできることもあり
それが何かしらのカタチになればいいんだと思う。

色々な人が、日本でもたくさん想いをもって
プロジェクトに参加している。
そんな暖かい気持ちの一つ一つが
大きな、そして確実な想いとなる
子供たちに届くことだと思う。
気持ちを繋げる意味でも
どんどんこういう輪が広まっていければ幸いに思う。
まだ家族を持ってる環境ではないけど
もし自分に子供がいて、
何一つ自由を与えられない環境だったとしたら、
貧困のために子供に食料を与えることができない環境だったら、
考えるだけ、辛い。
自分たちで開拓できる力や環境がそこにはあるのか?
そうは思えない。
誰かが手を差し伸べるべきだと真摯に思う。

プロジェクトに参加することで
具体的にどういう形で子供たちの救いに繋がられるか、
そんなのは分からないことかも知れないけど
そんなことからでも始めてみたいと思う。
そんな風にして、小さいながらもみんなが思ってくれれば
もっともっと豊かな日本になれる気がする。



ほっとけないせかいのまずしさ
http://www.hottokenai.jp/

| 想ふ処 | 15:46 | トラックバック:25コメント:13
オーストラリアと生活と歴史と。
13歳の時に渡った大きな島国、オーストラリア
赤道直下に近いパパヤ・ニューギニアの南に位置する砂漠地帯。
日本と季節が真逆。夏と冬の2季しかなく、非常に乾燥してて暑い。
オゾン層の破壊に伴い、紫外線の強さも半端ではなく、
太陽光は肌に突き刺さるように痛い。
全世界で最も皮膚癌の多い国だという事実もある。

渡豪して、すぐにESL(English Second Language)の学校に通い、
英語や生活勘など、カナダで養ったカンを取り戻すようにした。
しばらくして2月が訪れ、高校に入学し、現地生活が始まった。

カナダに住んでいたのは5年近く。
とても穏やかで、楽しい印象の多かったカナダでも生活。
それとは打って変わって、人種差別の傾向が強いオーストラリア。
一概に全員がそうだとは言えないが、その傾向を強く感じた。

カナダ、オーストラリア共に、移住先として人気が高いという。
でも、この二国には決定的な違いがあるという事はあまり知られてはいない。

カナダとは、大自然に恵まれた冬は寒い国。
治安は良い。英語が通じる。
オーストラリアとは、南半球に位置し、
日本との時差がほとんどなく温暖で英語が通じる。

移住先の第一条件に見合う国として、
カナダとオーストラリアが候補に挙げられるケースが多いと言う。
どちらも英語圏で治安が良く、自然に恵まれた外国。
確かに元英国連邦の直轄地として、
その後、独立した歴史を持つことなどを見ると
共通点が多いことも間違いの無い事実。
しかし、日本人として海外移住や海外生活を行う中で、
この2つの国には決定的な違いが存在している。
その事は案外、知られていないのだ。

その違いとは、日本人の歴史そのもの。
カナダは明治初期から多くの日本人が入植し、
大正時代には日本人町を造り上げ、
現在に至るまでカナダ西海岸の漁業に大きな足跡を残してきた。
約120年前から日本人がカナダに数多く渡っていたことで、
カナダには日系カナダ人が非常に多く、
その世代はすでに4世まで根を伸ばしている。
彼らはカナダ人としてカナダ社会に着実な信用と実績を築き、
それはカナダにおける日本人への信頼となっているのである。
ですから、これから海外生活を始めようとする日本人にとって、
歴史的に対日感情の良いカナダという国には
スムーズに受け容れられる土壌があるのだ。

一方のオーストラリアだが、
日本を含めるアジア地域からの
移民政策を開放したのが1960年代になってから。
オーストラリア生まれの日本人が、オーストラリア社会に帰属し、
信用と信頼を勝ち得るまでに達していない。
日本人が頑張るほど、現地での風当たりが強くなるのは
仕方の無いことかもしれない。
オーストラリアの失業率が高いのはアジア人の移民政策の影響だ!
と声高に叫ぶ国会議員と、それを支持するオーストラリアの市民。
全ての人がそうだということではないけど、
カナダには無い雰囲気というのが、
この日本人を含めるアジア人追放政策を
唱える人々が存在する、ということ。
観光旅行で短期間だけ滞在し、
観光地だけを巡ってくるだけでは決して分からない
オーストラリアの知られざる一面だったりもする。

日本人として海外で生活する上で、
現地の人々から素直に受け容れられるか?ということが実は一番大切。
綺麗な国だとか、物価が安いとか、気候がどうだとか、なども重要だけど、
それ以上に大きなウエイトを占めるのは現地の人々から受け容れられるのか? 
その土地に居ついて住めば住むほど痛烈に感じること。
その意味では、年中暖かく過ごしやすいオーストラリアが、
本当の意味でアジア人に対する受け容れが整ったとき、
素晴らしく住みやすい国になるとは思うが、
道のりは長く感じて仕方がない。

二つの国で見比べてみても、
これだけの歴史背景が違い、
それに伴って日本人の位置関係も大きく変わる。
現地の高校に通いながらに思った事がある。
オーストラリアは歴史上、日本人とまだ希薄な関係しか築かれていない、
という事実を差し置いて、やはり土地は広けれど、島国なんだ、と。
基本的に移民国家なのもあるので、人種は多い。
元々、オーストラリアの純粋な原住民は街を追いやられ、
森や街の郊外での生活を余儀なくされ、
それも政策問題として、未だに解決に至っていない。
島国な見解や価値観がそこにある限り、広がりは生まれないのかも。

イギリス色が色濃く根付いているオーストラリアの教育制度は
物凄く賛同させられるところが多い。
実際、アジアからの留学生や、アジアへの留学制度など、
オーストラリアに滞在していた晩年には
そういうのもちょっとづつ発展していってた。
だが、オーストラリアという国に強く根付いているアジア批判
とても悲しい事だし、バカげてるとも感じた。
一日も早く、人間の人種によっての争いや問題がなくなる日が来ることを
心より願った日はなかった。





| | 11:54 | トラックバック:0コメント:0
ノルウェーと自然と音楽 prt2 Lene Marlin編
ノルウェーの自然や建造物の美しさ、
カナダに通ずるところがあるなって昨日は
記事を書きながら思ったけど、
やっぱり北欧と北米では大きく違ってくる。
単純に人や文化や歴史の違いもあるけど
カナダは元々フランス領だったのに対して、
ノルウェースウェーデン領だった。
フランスとスウェーデンって比べると
そこには大きな違いを感じるでしょう?
カナダがアメリカ大陸を代表とする国(この場合ね)なら
ノルウェーは欧州を代表する国である事だろう。
やっぱり興味深いなぁ(←一人で勝手に思ってるだけ?)


さて、ノルウェーといえばサーモンという人も多いだろうけど(昨日も言った)
実は音楽の街でもある。
欧州ではもとより、音楽文化の盛んな国が沢山あり、
古来より、クラシックなどを通して人々に愛されてきた。
そんな最近のノルウェーは、
次から次へと新しい才能を世に生み出していっている。
クラシックからポップス、メタルまで、幅広い才能。
どれだけ音楽が愛されているかという事の表れだろう。
今をときめくマリオン・レイヴンとかもそう。

確かちょうど2000年(0時丁度は吉祥寺の路上で迎えてたけど)を迎えた頃だったかな?
中古CDを買おうと、レンタルビデオ屋の中古CDコーナーを
ひたすらに模索していたら目に飛びついてきた一枚のCDがあった。
綺麗な透明感のあるブルーに彩られたCD。
ジャケットを一目見て気に入り、
その帯に書かれているキャッチフレーズに目をやった。

18歳の天才シンガーソングライター

と書かれていた。


うわ、


すげぇ興味そそられるかも、、、


どこの国??


ノルウェー、、、、、


ふ~ん。。。。。


、、、、、、、


、、、、、、、


、、、買ってみるか。


そんな気持ちの流れで買ってみたCDだった(どんなだ!?)。
その天使の声を持つ18歳のシンガーソングライターの名は

Lene MarlinPlaying My Game

Lene Marlin 『Playing my game』

知ってる人もいるのかな?いないかな?
ノルウェーでは世界的に知られているアーティストの一人。
そして、彼女の生まれ育った街が、昨日の記事にも書いたトロムソなのだ。
もう街の美しさが現れているような曲の数々。
どことなくシンプルだけど、壮大で、透明で綺麗な海の中にいるような音。
もう一瞬にして心を奪われた。
完全にLene Marlinに、そしてノルウェーに、トロムソに恋した瞬間だった。
北の大地で生まれ育ち、隣国の良い音楽を聴きながら
学校の授業中に歌詞を書いたり、曲を思い浮かべてみたりしていた。
まさに音楽に故郷の想いや色が染み付いている作品だと思った。

ちょっと安っぽいループな打ち込みの音。
シンセで作られた独特な骨太のベース音。
寒い空気に細く響く乾いたアコギの音色。
音量とリバーブが気持ち大きめなボーカル。

そのどれをとっても技術的なところや
音楽的な観点からすれば
一級品ではなかった。
でも、確実に一つの世界観を確立させていた音だった。
その音の世界に足を踏み入れ、
その音楽を聴く度にトロムソを訪れていた気分だった。
気持ちがリンクされる音楽。
その力に圧倒されたのだった。
そんな彼女は最近になってようやく3rdアルバムを発表した。

CDを手にして以来、
それからというもの、
それまでのバンド活動を休止し、
ソロ転身をした。
きっかけは別にあったけど
Lene Marlinとの出逢いは
大地の人生において大きな財産を与えてくれた。




| 音楽 | 14:14 | トラックバック:3コメント:7
ノルウェーと自然と音楽と
ノルウェーノルウェーサーモン

と連想する人も少なくもないとは思うけど(笑)
実際は捕鯨国でもあり、食卓には鯨のステーキとかも出てくる。

ノルウェーは北欧の最北端に位置する元スウェーデン領の
北欧・スカンジナビアの1国。首都は南に位置するオスロ
面積は日本と変わらないほどで、人口450万人足らずの国。
サッカーとかでも有名だったりもするが、
カナダ同様に極めて寒いため、
冬にもなれば国のほとんどは雪に覆われているような感じ。

そんなノルウェーの最北端に位置する街、

トロムソの景観

トロムソ

北極圏最大の街であり、北極圏のさらに北に位置する。街の人口は5万5千くらいの小規模な街。その美しい建造物によって、「北のパリ」とも呼ばれている。

トロムソの街中

一年の半分は
太陽が一日中昇っている白夜(5/20~7/22が白夜期間)
逆に一年のもう半分の冬は、夜が非常に長く
オーロラが見事に見られる。カナダでもオーロラは綺麗に見れるけど。
北極圏最大の街なのに、以外と寒さはそうでもないらしく
カナダと比べても遥かに暖かいという。
-5度から-10度くらいにしかならないらしい。
大西洋に面してるおかげで、暖流が北に向かって流れていることから
カナダと比べても遥かに暖かいとされているらしい。

トロムソの夕方

以前からとても興味があって、
一生に一度は訪れてみたいって思ってた街。
北欧とかの寒い国では基本的に自然が手付かずのままが多い。
やっぱり寒さのせいもあってか、
開拓なども極力避けてたりするのか、
自然を破壊する事でより寒さが厳しくなるからか。。。
ともかく、なんといっても建造物が美しい。
カナダもそうだが、人が出入りするような建物は
とても凝って造られていて、非常に目を楽しませてくれる。
国柄も出るし、何よりも建物に対しての思い入れが深い。

南国の開放的な美しさや暖かさも好きだけど
どうしてかひどく寒い国の
刹那的ではない、生活の中での美しさ
そういうものに惹かれてならない。
カナダで育った事も影響してるのかも知れないけど
なんとしても一度足を踏み入れてみたい。
やっぱり村上春樹の『ノルウェーの森』を小さい頃に読んだからかも?

育った環境によって人は大きく変わる。
例えば、カナダの中でも
大都市のトロントで生まれ育ったアブリル・ラヴィーン
旧都市のモントリオールで生まれ育ったセリーヌ・ディオン
この両者を想像しても、カラーが違うし、雰囲気も全く違う。
音楽のジャンルも年齢も違うといったらそれまでだけど
やはり、生まれ育つ街によって人は育てられるんだなって思う。
というか、そうであって欲しいし。
自分が生まれ育った場所などを誇りに思い、好きであって欲しい。

さて、ノルウェーの音楽シーンに関しては、
また機会を設けて書くとして、
最近は沢山のアーティストが世界の音楽市場に顔を出している。
彼ら一人一人から感じるのは
やはりノルウェーという土地で育ってきたという
独特な雰囲気や匂い、そして音。
繊細でいて細やかで綺麗なところが特に好き。


大地が生まれ育ったところって
結局どこになるんだろう??
やっぱりカナダで一番影響を子供の頃受けたのかな。




| | 12:28 | トラックバック:0コメント:0
日本経済と音楽と石川大地。
日本人でありながら、この国が抱える政治や景気、環境などの問題。
正直言ってあまり敏感ではない方かも。というか全くに等しい?
でも、それでも少なからずは情報を取り入れたりもする、
何かしら予期せぬ事が起き得る場合も充分過ぎるほどあり得るし、
それらに備える事だって未然にできるところはせめてしておきたい。

ところで、知ってます?

『日本の借金(←クリック)

の金額がどれくらいに膨れ上がってるか?
ほどほど音楽には関係ないコラムになってしまうけど
あながち音楽とも無関係とは言えないし。

借金時計
もの凄い勢い。ちょっともうどうでも良くなっちゃうくらいに。

日本の経済の動向や景気に関して無頓着で
我関せずな人も多いと思う。
実際、ここにも一人(笑)
でも、経済って一言で言って片付けちゃうと何かしら硬いイメージを与えるけど
自分の生活、周りの生活、色々と身近で影響してるって事。
それは真摯に受け止めるべきだし、理解する事くらいはあっても良いと思う。


景気回復がどうのこうのと詠われている中で
さて、どのように音楽がそれに結びつくか。
直接的なところはないとは思うけど
例えば、国民がみんな幸せを感じてたらとしたら?
幸せには音楽はつきもの(←強引)

今や世の中もっと極端な情報社会になって行く中で
情報が全てを生活の全てを確立させる基盤源となってしまう。
誤報や隠蔽や演出なんかも一切関係なく、全てが一つの情報として流れる。

恐ろしや、恐ろしや。

ペイオフ解禁に伴い、国民は消費するどころか、
どんどん消費を抑える傾向にもなり、
景気は一向に回復への兆しが見えないまま
この先の税金、年金問題に直面していく。
たんす預金が増えて喜ぶのは泥棒だけ。
政府も対応にどんどん追われ、後手後手な政策が
またどんどん国民を不安にさせていく。
そんな中で色々と思考を巡らせてると、
やはり一つの答えに辿り着く。

やっぱり音楽しかないっ(←無理矢理?)

結局のところは生活のほとんどは『感情』で成り立っていると思う。
衣、食、住の三要素も全ては自分の気持ちを優先させたものが具現化される。
人は満足を感じれば幸せを感じて
嫌悪感を感じれば遠ざけて
その気持ちを回りに連鎖させていく。
こんな事を言うと、ちょっと哲学ちっくにもなってしまうけど
実際にはそんなものだと思う。


ちょっと話しがずれて、、、


政治、宗教、価値観

全て生活する上では必要な事なのかも知れない。

でも、

戦争、貧困、病気

これを引き出してるのもそれらだということ。ホント皮肉でしかない。


世界を救える人間にはどう足掻いても絶対になれやしないし
そんな寛大過ぎる人間にはなれない。
だからこそ、一番大切なのは
自分の周りにいる大事な家族や仲間、恋人や友達。
そういう自分の生活の糧になっている人を
自分の力で幸せにしてあげるのが重要なんだと思う。
世の中のみんながそういう風に思える人ばかりだったら
きっと、もっともっと血を見る事のない世の中になっていたのかも。

音楽を通してできる事。

まだまだ小さな音楽でも、
どれだけ小さな音楽でも、
やっぱり自分の周りにいる大切な仲間を
今よりももっと楽しく、幸せに感じてあげられるような
そんな音楽にもしていきたい。
そんな音楽を発信していきたい。
大袈裟かな?大袈裟かも。

でも、

ちょっとした笑顔や会話を
ちょっとした優しさや嬉しさを
ちょっとだけ重んじてみる。
ちょっとだけ増やしてみる。

実は曲を作る時はそんな気持ちだったり、気持ちじゃなかったり。

音楽=人

なんだもんね。


| 想ふ処 | 15:47 | トラックバック:1コメント:0
季節外れの『さくら』と『和』と大萩康司と石川大地。
何となく気になってたので購入して聴いてみた。

大萩康司(←おおはぎやすじって読む)

大萩康司

クラシックギタリストの彼の経歴はすごい。
現代の若手クラシックギタリストにおいて、
その技術は群を抜いて突出している。
まだ彼が若干20歳の1998年、
ギターの国際コンクールとしては現在世界最高峰とされる
ハバナ国際ギターコンクール」にて第2位を受賞。
同時に「レオ・ブローウェル作品最優秀演奏賞」を獲得。
一気に注目のギタリストとして世界的に脚光を浴びた。

とにかく音が綺麗。それに指、絶対5本以上あるとしか思えないし(笑)
もうどうやって弾いてるんですか?って聞きたいくらいで
さすがの一言。まぁ、当たり前なのかも知れないんだけど。
押尾コータローがスチール(ブロンズ弦)を使用してるのに対して、
大萩康司は純粋にクラシックギター(ナイロン弦)を使用している。
その丸みのありながらも、深い音色は綺麗で潔い良い。
そんな彼のアルバム、

『島へ To The Island』

の曲の中で

『"さくら"による主題と変奏』

という曲をやっている。

大萩康司 『島へ』


…聴いてみる。



…しんみり。。。(余韻の最中)



みんなに慕われている『さくら』をギターアレンジしたもの。
とにかく、もの凄く和の音色が随所に散りばめられていて
非常に日本的に心地よく響いてくる。
彼はキューバ音楽やブラジル音楽などの伝統的な民族色の強い曲や
その国々で著名なアーティストの曲をカヴァーしてたりする。
ショーロに近いのもあったりして、なかなか他も聴いてみるのもよさそう。

そんな彼の言葉、

『理想の音は故郷の自然の音。
      川のせせらぎは雑音には聞こえない。』


沢山の故郷の音を吸収できた大地も、それは素直にそう思う。
日本もその一つ。和の音、和の響き、心、そういうのも反映されてくるのかも。

和音階とはファ(F)と(B)を含まない音階の事を言う。
どことなく懐かしく、そして非常に切ない。
日本人であるからして、響いてくる音階なのかも知れない。
スペイン、ブラジル、様々な国々の音楽がある中で、
独特な音の組み合わせで成り立っている音階がそれぞれにある。

国々の様々な音を聴いてる内に見えてくる、聞こえてくるモノがある。
様々な国々の風景や伝統、民族を思わせる心。
『さくら』も日本を強く連想させてくれる心が響いてくる。

昔から海外に住みながらも
日本人としてのアイデンティティってどんなかな?って
ずっと思ったり、考えたりもした。
もちろん日本には他に民謡楽器や、尺八、三味線や、和琴などなど
和に直結されるような楽器も数多いが、
もっと『音』の中で『和』を表現できるモノってないのかな?って
単純にそう思ったりもしてた。
単純にファ(F)とシ(B)を取り除いた音じゃなくって。

結局のところは和の心って自分の中に存在するものなんだって
日本で生まれ、生きている自分がいる限り、
日本人としての心が血に入ってるんだなって最近強く感じた。
そういえば、和の響きがする曲が数曲仕上がってきている。
去年辺りからかな?『蛍』もそう、『もののけ』なども。
屋久島に旅行に行ったからというのも
何かのきっかけになったのかも知れないし、
大島康司のギターを聴いて、よりそう思ったのかも知れない。





ふと、

日本人として生まれてきて良かった。

そう再認識させられた瞬間でもあったのかも。






| 音楽 | 13:12 | トラックバック:0コメント:3
ショーロとブラジル音楽と石川大地
ショーロ』という音楽、知ってる人は少ないと思う。
最近ちょっとマイブームな音楽の一つ、ブラジルで生まれた他民族音楽、

ショーロ

どういう音楽かというのは説明しにくいが
決して『ブラジル』=『サンバ』というような
陽気でリズミカルな音楽ではない。
混血音楽ショーロは19世紀半ば、
ヨーロッパのメロディーとアフリカのリズムが出会い、
リオ・デ・ジャネイロで生まれた。
分かり易く言えば、JAZZクラシックボサノバとの出逢い、みたいな感じかな?

映画『ショコラ』で大好きな俳優の一人である
ジョニー・デップがさりげなく
ジャンゴロジーの「minor swing」を弾いてるシーンがあったりする。
確かに哀愁のある雰囲気にぴったりかも。

CDなどで言ったら、色々なアーティストがいるが
中でも8弦ギターなどを使った音色豊かなブラジル音楽を奏でる
ギター・カルテットの4人組、『Maoqani』とかだと
ショーロの要素を取り入れた美しい音楽が聴けると思う。

初期のショーロのスタイルは、
ギターの低音を土台にカバキーニョ(小形ギター)がリズミカルに和音を刻み、
フルートが華やかな旋律を奏でるというもので、
同時期に発生した多くの都市混血音楽と同じ特徴を持っていた。
調の異なる3つの旋律を用いる3部形式、2拍子を刻む低音と
シンコペーションしたメロディー等、
この時代のショーロ、タンゴ、ラグタイムの共通した要素なのだ。
その後ショーロはクラリネットやバンドリン(ブラジル・マンドリン)等の
旋律楽器やパンデイロ等の打楽器を加え、
よりブラジル色の強い音楽へと変化していったらしい。

ショーロ楽曲のウクレレ譜1

映画音楽にもなった「チコチコ」や
バイオンのリズムを取り入れた「デリカード」他、
多くのショーロ曲がスタンダードとして受け継がれ、
サンバの発展やボサノヴァの誕生にも影響を与えたと言われている。

ショーロ楽曲のウクレレ譜2

やっぱりブラジルという国自体が
混血国民の集まりで、多種文明というところから
そういった音楽が生まれたんじゃないかな。

ブラジルの背景はアメリカ大陸のそのほとんどがそうであるように
植民地として、奴隷や移民などによって人々は形成されていた。、
先住民インディオの土地に入植を始めたポルトガル人は、
16世紀から300年の間およそ500万人のアフリカ人を奴隷としてブラジルに連れて来た。
それぞれの民族の持ち込んだ文化、宗教、習慣はやがて混ざりあい、
その後のドイツ、イタリア、アジア、アラブからの移民の増加と共に
混血は急速に進んでいった。
現在、ブラジルはもっとも複雑な人種を有する国家の一つとなっている。



日本ではなかなか馴染みの薄い音楽ではあるかも知れないけど
どことなく、日本の昔の歌謡曲にも通ずる哀愁を持ち合わせている。
きっと日本人にも素直に浸透されていく音楽に間違いないとは思う。
最近はそんなショーロとの出逢いにより、
ギターを今までの自分にない形で弾くのが楽しく、
そして刺激的で熱中している。非常に難しいけど(笑)

考えてみると、仲間の大樹もブラジル音楽には精通している。
若い頃からレゲェやボサ・ノバ、ジャズなどを吸収し、
ある種、独特な今の世界観を作り出したんだと思う。
特に大樹の場合はシンコペなどが多く、
今にも乗り出しそうな波を持ったリズムが独特。
どちらかというとファンク系やラテン系にも近い感じ。
大地の音楽はリズムはパッシブな形を好むが、
あまり動きのある音楽は基本的に生まれない。

もともと自分の中にはない音楽やリズムでもあったので
一つ違った要素が混ざり合ってくれたら最高だなと思っている。

昔からどことなく民族音楽には興味があり
そういう種類の音楽は良く買い込んでた。
ただ、どうも自分の音楽に取り入れるには
何か水の中に油を入れるような感覚があり
どうにも上手く行かなかった。
それが、ショーロとの出逢いで、何か真新しい発見が生まれそう。


ブラジルやスペイン、ポルトガルなどの国々は
情熱的』なイメージが強い。というか実際そうだと思う。
何よりも音楽がそれを表している。
余計に行ってみたくなってるのは気のせいかな?




| 音楽 | 14:28 | トラックバック:3コメント:16
故郷の自然と思い出
故郷の思い出ってありますか?

大地にとって、故郷の一つ、カナダ
そして、その雄大な土地にある壮大な自然の一つ、
カナダとアメリカの国境に位置するナイアガラ。
五大湖に囲まれ、それぞれの湖から
滝つぼに膨大な水が流れ落ちる。
世界最大の滝、 ナイアガラの滝
『ナイアガラの滝』
北アメリカを代表する景勝地。アメリカとカナダの国境に位置し、アメリカのエリー湖からカナダのオンタリオ湖に向かって流れるナイアガラ川にある滝。川の中央にあるゴート島に向かって右側の馬蹄型のカナダ滝(高さ48m、幅900m)、左側のアメリカ滝(高さ51m、幅300m)がある。

その広大過ぎる自然を目の当たりにして
ちょっと人間の非力さすらを感じたこともあったくらい。
1kmほど先にいても飛沫が飛んでくる程のダイナミックさ。
その周辺ではカッパとか着込まないと
飛沫でたちまち濡れて寒くなってしまう。

真冬にもなれば、その広大な滝は
真っ白な泡模様となって凍りつく。
その凍る模様といったらもう、言葉に表せない程の神秘。
おそらくは凍りついた表面の下では勢い良く
川の水が流れている事なんだろうけど
流れ落ちる水が凍る様は何にも例えようがない景色。
マイナス20度の寒さに耐え得るのであれば、
真冬のナイアガラに行かれる事をオススメします(笑)

先日はIndependence Day(アメリカの独立記念日)があり、
ナイアガラの滝で花火が打ち上げられていた。
幾度か見たその光景、今も尚、それは続けられているって
ちょっとセンチな気持ちになりますね。
ちなみにカナダの独立記念日は7月1日。近いんです。

ナイアガラの滝がある、オンタリオ湖の中心には
小さなユートピア島がある。
今でも存在するかは分からないが、
国立自然公園が湖に浮かぶ島として存在しているのである。
よく船を利用して、広いオンタリオ湖を渡り
その島に行ってはサイクリングやキャンプなどして
自然を満喫してた思い出がある。
もう名前も忘れてしまったその島は、
どことなく海上の楽園と呼ぶに相応しい島だったかも知れない。

トロントはアメリカで言うニューヨークのような街。
一言で言えば大都会だという事。
でも冬にもなれば、その大都会を
真っ白に染め上げる粉雪が見事過ぎる程に綺麗。
そのギャップを見たら、どんな寒さをも忘れてしまうくらい。

ケベック・シティ、プチ・シャンプラン通り

モントリオールケベックなどは東側に位置する旧都市である。
主言語も英語ではなく、植民地だった時代の名残でフランス語が主流。
その風情豊かな建造物や自然は息を呑む程。
綺麗なんてものじゃない、調和とはこういう事を言うのだ、
と思いたくもなるほど。
初めてケベックやモントリオールに行った時は
その美しさに目を奪われ、しばらくは街を一人で
あてなく散策したくらい、夢中になり、心を奪われた思いがある。
今でもその時々で壮大な景色を思い出す事が多い。

凍ったセント・ローレンス川のほとりにたたずむケベック・シティ旧市街

今、留学やワーホリで故郷を訪れている人たち、、、
何かしら親近感が沸いてきてしまうのは
やっぱり故郷に強い思い出があるからこそなのかな?
今でもちょっと故郷に帰り、新しくなったその土地土地を
あてもなくぶらりと散策でもしてみたいものだ。

モントリオール、旧市街にあるノートルダム教会

世界の自然は雄大で美しくて、何よりも歴史が長い。
その威厳さえ感じさせられる自然に触れられ
今となっては何よりも感謝したい気持ちでいっぱいである。
ただ、今住んでいる周りにも
沢山の小さな自然や美しさが転がっている。
日常の中で、そのような自然を受け入れ
大切にしていく事が、何よりも感じる側としては必要なんだと思う。



ケベック・シティ、雪景色の旧市街

でも、ちょっとこうやって書いてると
またカナダにも帰りたくなってしまう(笑)
日本の美しい場所にも色々と足を運んでみたい。
何かきっと真新しい発見がありそうで
想像するだけでワクワクして胸が躍る。
その時にはまた、ギターを担いで旅でもしようかな。





ちなみに新宿にもナイアガラの滝があるらしい。。。




| | 12:28 | トラックバック:0コメント:10
多摩湖自転車道と石川大地。
知ってる人もいるとは思うが
武蔵境辺りから西武球場の方、多摩湖まで
まっすぐな一本道が続く自転車道。
それがこの「 多摩湖自転車道 」である。
五日市通りと井の頭通りが結ばれる地点、
その交差点に入口が設けられている。

多摩湖自転車道

距離にして約10km程度だったかな?
そこまで長いというわけでもないけど
本当にまっすぐなその道は、
途中で駅や、大通りの横断とかの邪魔がない限り、
至ってまっすぐな一本道なのだ。
この自転車道に入ってすぐ、道の先を見れば、
先が遠くの方まで続いているのが分かる。

道幅にしても、舗装された道は3mくらいしかなく、
二車線の行き来できるくらいの幅しかない。
もし走っている最中に
誰かが先を歩いている、
もしくは、逆車線の人とすれ違う、
なんて事は当たり前に起こりうる。
その時々に、「こんにちわ」と
声をかけて挨拶をしてみるのも
またその楽しさの一つだったりもする。

多摩湖自転車道2

武蔵境、東小金井近辺からスタートするその道は
主に西武新宿線沿いにあるその道は
花小金井』、『小平』などを通り過ぎてゆく。
その途中途中でケーキ屋や喫茶店、お団子屋さんなどが
道沿いにあったりして、一休憩に程良い空間が用意されている。
なかには、昔の家をそのまま保管してある村みたいなのがあり、
詳しい場所や名前はちょっと忘れてしまったが、(ふるさと村?)
江戸時代の庶民の住まいがどんなだったかが伺える。
広くて、綺麗な狭山公園も通り過ぎる。
本当に春や秋は風情があって最高に気持ちいい。

過去に三度くらいしか足を入れた事はないが、
そのどれも非常に爽快な気持ちにさせてくれた。
なんたって、その爽快なまっすぐの一本道が気持ちいい。
そして、その途中途中での休憩もまた新鮮で楽しかったりする。
今度行く機会があったら写真にでも収めてUPしてみたいな。

こうして、自分の家の周りの至るところに
ただ何となく足を運んでみては、
その先をただ行ってみる。
結構そんな事をしてると、面白い発見があったりするもの。
意外と、すぐ家の近くに、自転車道と似た
一本道の散歩道があったり、など
色々と発見は尽きない。

何十年も住んでるところだったら
もう知り尽くしていて当たり前かも知れないけど
それでも、知られていないような場所、道っていうのは
割とあるんだと思う。

あっ、この道、何だか面白そう。入ってみたいなぁ
って思った事はあると思う。
たまにはそういう時に、躊躇せずに
ちょっとした寄り道なんかもしてみるのも必要だと思う。
寄り道のない人生は、ちょっとつまらないだけの人生に思えるし。
新しい空気を入れるには、新しい行動がないと。

ちょっとした動機や好奇心というものは
いつだって持ってるものだと思うけど
どんどん歳とともに無視していってしまう。
時には子供に返ったつもりで、
素直に思うがまま進んでもいいんじゃないかな?

今度はギターを担いで行ってみたいと思う。
ちょっと距離的に担ぐのは厳しいかも知れないけど
何とかして持っていってみたい。
素敵な空間に包まれると、音も素敵に生まれ変わる。
ちょっとした放浪の旅みたいな、
そんな休日の過ごし方もたまにはいいんじゃないかな?





| | 12:55 | トラックバック:3コメント:9
蛍と石川大地
生まれてこの方、この眼で『』を見た事がない。
時期的には初夏、6月頃に羽化する。
その頃に見事な蛍火を目にする事ができる。
蛍そのものを死者の霊魂とする伝説もあるらしいけど。
今やあまり見かけなくなっているのも悲しい事実。

日本独特な昆虫かな?って思ってたら
海外にもいるんだって知って、ちょっと驚き。
でも、『』=『お祭り』=『日本』という構図が頭にある。
だから、『』=『夏』ってイメージをする時、
自然と、『お祭り』って連想するんだと思う。

ホタル

実際に作ったのは去年の初夏。
何となく日本詩を書こうと思い立ち
書き綴った言葉から生まれた曲。

限りある命なら
限りなく燃え続けている
蛍のように


蛍の命は一瞬で終わりを迎える。
幼虫の時期は、その全てを水中で過ごし、
羽化と共に空を舞い
そして求愛をし、やがて朽ちる。

そんな刹那な命の中にも
燃え尽きようとする大きな灯火に
何か共感せずにはいられず
ついつい『』が生まれてしまった。

人は一生の内に何回、燃え尽きるのかな?
一回だけしかない?
おそらくは何回でも燃える事はできるんだと思う。
命を賭してまで、燃え尽きる事は
さすがに易々とできたものじゃないけど
ある意味蛍のように
空を舞い、輝き、そして朽ちる。

人生そのものだ。

どうせ、やがて朽ち果てるのならば
輝けるだけ輝いて朽ちればいい。
きっと朽ちた後に真価が問われてくるのかな?



| 想ふ処 | 14:27 | トラックバック:3コメント:2
不滅の恋と石川大地
恋が終わる時
それはいつの事を言うのだろう?

二人の関係が終わった時?
それとも、想う気持ちがなくなった時?
お互いが死んだ時?

これも好きな映画の一つ、

不滅の恋

ルードビッヒ・ヴァン・ベートーベンの半生を描いた
叶わぬ恋の物語。
主演のゲイリー・オールドマンも白熱した演技も素晴らしい。
最も好きな俳優の一人である。

人の想いは死んでもなお、生き続けるんだって
死んでもなお、相手への思い遣りを決して忘れない
そんなメッセージのある物語だ。

『月光』

音楽においてもそう。
やっぱりこの世を去ってもなお
その数々の名曲を人々に愛され続けているのは
彼の中での音楽に対する想いが死んでいないからだという事なのだと思う。
そんな偉大なる音楽家の一人だった。

でも、いち人間としては
誰よりも頑固で不器用で
そして不自由もしていた。
そんな大きな孤独と戦いながら、
大きな音楽への功績を世を去ってもなお、残し続けている。


不滅の恋と呼べるような想いを
抱く事もなくこの世を去る人も多いかもしれない。
そこまでにひたすらに想える相手と巡り会えたのも
彼は幸運だったのかも知れない。
でも、思いを半ば遂げずして、この世を去った。
その苦しみ、悲しみは計り知れない程だったと想う。
その嘆きにも似た音が彼の終盤の音楽には表れているのも感じれる。
一方で恋多き男、とも評されているのもあるけど。



音楽を作る時
割と孤独な時間が多い。
閉鎖的な空間、静寂に包まれた空間。
全てがその中で生まれるわけでもないが
割とそういう空間で作り上げる事が多い。

単純に集中できる環境だっていうのもあるけど
そういう孤独に陥った時、
どことなく、音楽に対して、気持ちや想いを放っているんだと思う。
誰にとなく、どこにとなく、
そんな風にして音楽は生まれる。
詩を書く時もそうだけど、
意外と旋律を作り上げる時なんかが特にそうかも。

散歩してる途中や
大自然の中に身を浸してると
それはそれで創作意欲も沸いてくるが、
何かを求める。
何かに対して、

それが人だろうと
モノだろうと、
何だろうと。


きっと何かを求めてるんだと思う。
曲が仕上がると安堵感に包まれ、
そして、その誕生を喜び、放ちたくなる。
その何かって抽象的だけど
何か』なんだと思う。
分からないからこその『何か』。
いつかは見つかるのかな?

『恋愛』においても同じなんだろうな。
もっともっと『不滅の恋』なんかも
この先の人生で経験できるのであれば、

もしかしたら

不滅の想い

が音楽として誕生するのかも知れない。


| 想ふ処 | 13:17 | トラックバック:1コメント:5
夢と現実の狭間に。
夢と現実の狭間。

これをテーマにしている書物や映画は好きだ。
なんでかって言われても分からないけど
何となく、自分の生きているところとリンクするところがあるのかも。

世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド

村上春樹著の名作である。
大好きな作品の一つだけど、
主人公は現実なのか夢なのかすら
分からない世界で生きようとする冒険活劇。
色々と解釈も人それぞれかも知れないけど
この作品は夢と現実の融合、隔離がテーマな気がする。
夢を抱きながらも、現実の世界で生きている。
どちらの世界にも依存ができない人生。
夢を現実のものとすればいいだけの話かも知れないけど
何も夢は一つじゃないし、
夢に終わりなんてあり得ない。

村上春樹氏の著書は基本的に好き。
もし僕らのことばがウィスキーであったならというのも
シングルモルトに関してのアイルランド旅行記みたいなの、結構好き。
風の歌を聴けなんかもいい。
ノルウェーの森なんか小学校の頃に
何故か下巻から読んだのだが
小学生には未知なる世界過ぎて
興奮を抑えるのが大変だったように思う(笑)

20050705130953s.jpg

「Vanila Sky」

トム・クルーズ主演、ペネロペ・クルスキャメロン・ディアス出演、
キャメロン・クロウ監督による映画。
スペイン映画、「オープン・ユア・アイズ」のリメイク版でもある。
容姿、経済力、名声と全てを手にした出版界の若き実力者、デヴィッド。
ある日、パーティーで出会ったソフィアと恋に落ちる。
だが、彼の心変わりに気づいた恋人ジュリーによって
自動車事故に巻き込まれたデヴィッドは事故によって顔に醜い傷を負ってしまう。
以来、彼の人生は大きく狂い始める。


この映画は今まで観た映画の中で一番好きな映画。
理屈抜きに個人的に大好きな映画。
これも夢と現実の狭間をテーマにした映画である。
この映画の場合はとある事件によって
知らず知らずに精神崩壊をして行き、
辿り着いた先は夢の世界での物語り、みたいな感じ。

キャメロン監督が言ってる事だが、
「この映画は真剣に観ないと分からない映画だが、流しても観れる映画でもある」と。
確かにその通りで、その雰囲気の良さ、ヴィジュアル的な要素、
キャスト、音楽的要素のクオリティの高さが半端じゃない。
そのある種、中途半端な部分、抽象的な部分があるところ、
そんなところに惹かれる作品なのかも。


人は生まれてやがて死に行く。

でも、夢と現実の世界を区分するのではなく
夢の人生を築いていく方がより幸せなんだと思う。
現実にある、今の人生の中で
夢に描けるようなイメージを
どんどん出していけばいいのだと思う。

人生の扉を開かなくてはならない。

日本人の多くは内向的で非社交的。
どことなくコンプレックス持ちなのか、
自分を卑下する習性があるのかも知れない。
そういう時代背景があったのだから仕方ないのかも知れないけど。
でも、もっとイチ地球人として
もっともっと可能性を広げていくべきだと思う。

もし夢を持ち、
現実を直視できないような環境にいるのであれば
夢に生きればいい。
でも、現実の世界で夢を描いていかなきゃ一生夢にはたどり着けない。
だからこそ、『今』が大事なんだってこと。


そんな事を思わせてくれる作品。
なんだかそういう作品との出逢いによっても
色々と勉強させられてるんだなって思う。
何事も解釈の捉え方。
つまらないと思ったらつまらない。
吸収しようと思ったら
何だって吸収できるのが人間なんだから。



まだまだ出逢ってない映画や音楽、小説も数多くあると思うけど
そんなみんなのちょっとした素敵な出逢いを教えてくれたら嬉しいかも。
人生楽しく、ポジティブに。
バカっぽいけど、
それが本当の姿なんだろうと思う。






| 想ふ処 | 14:08 | トラックバック:1コメント:4
夢と現実の狭間に。
夢と現実の狭間。

これをテーマにしている書物や映画は好きだ。
なんでかって言われても分からないけど
何となく、自分の生きているところとリンクするところがあるのかも。

世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド

村上春樹著の名作である。
大好きな作品の一つだけど、
主人公は現実なのか夢なのかすら
分からない世界で生きようとする冒険活劇。
色々と解釈も人それぞれかも知れないけど
この作品は夢と現実の融合、隔離がテーマな気がする。
夢を抱きながらも、現実の世界で生きている。
どちらの世界にも依存ができない人生。
夢を現実のものとすればいいだけの話かも知れないけど
何も夢は一つじゃないし、
夢に終わりなんてあり得ない。

村上春樹氏の著書は基本的に好き。
もし僕らのことばがウィスキーであったならというのも
シングルモルトに関してのアイルランド旅行記みたいなの、結構好き。
風の歌を聴けなんかもいい。
ノルウェーの森なんか小学校の頃に
何故か下巻から読んだのだが
小学生には未知なる世界過ぎて
興奮を抑えるのが大変だったように思う(笑)

20050705130953s.jpg

「Vanila Sky」

トム・クルーズ主演、ペネロペ・クルスキャメロン・ディアス出演、
キャメロン・クロウ監督による映画。
スペイン映画、「オープン・ユア・アイズ」のリメイク版でもある。
容姿、経済力、名声と全てを手にした出版界の若き実力者、デヴィッド。
ある日、パーティーで出会ったソフィアと恋に落ちる。
だが、彼の心変わりに気づいた恋人ジュリーによって
自動車事故に巻き込まれたデヴィッドは事故によって顔に醜い傷を負ってしまう。
以来、彼の人生は大きく狂い始める。


この映画は今まで観た映画の中で一番好きな映画。
理屈抜きに個人的に大好きな映画。
これも夢と現実の狭間をテーマにした映画である。
この映画の場合はとある事件によって
知らず知らずに精神崩壊をして行き、
辿り着いた先は夢の世界での物語り、みたいな感じ。

キャメロン監督が言ってる事だが、
「この映画は真剣に観ないと分からない映画だが、流しても観れる映画でもある」と。
確かにその通りで、その雰囲気の良さ、ヴィジュアル的な要素、
キャスト、音楽的要素のクオリティの高さが半端じゃない。
そのある種、中途半端な部分、抽象的な部分があるところ、
そんなところに惹かれる作品なのかも。


人は生まれてやがて死に行く。

でも、夢と現実の世界を区分するのではなく
夢の人生を築いていく方がより幸せなんだと思う。
現実にある、今の人生の中で
夢に描けるようなイメージを
どんどん出していけばいいのだと思う。

人生の扉を開かなくてはならない。

日本人の多くは内向的で非社交的。
どことなくコンプレックス持ちなのか、
自分を卑下する習性があるのかも知れない。
そういう時代背景があったのだから仕方ないのかも知れないけど。
でも、もっとイチ地球人として
もっともっと可能性を広げていくべきだと思う。

もし夢を持ち、
現実を直視できないような環境にいるのであれば
夢に生きればいい。
でも、現実の世界で夢を描いていかなきゃ一生夢にはたどり着けない。
だからこそ、『今』が大事なんだってこと。


そんな事を思わせてくれる作品。
なんだかそういう作品との出逢いによっても
色々と勉強させられてるんだなって思う。
何事も解釈の捉え方。
つまらないと思ったらつまらない。
吸収しようと思ったら
何だって吸収できるのが人間なんだから。



まだまだ出逢ってない映画や音楽、小説も数多くあると思うけど
そんなみんなのちょっとした素敵な出逢いを教えてくれたら嬉しいかも。
人生楽しく、ポジティブに。
バカっぽいけど、
それが本当の姿なんだろうと思う。






| 想ふ処 | 13:26 | トラックバック:2コメント:5
今日と昨日までの雨と石川大地。
今日は大雨な一日。

雨が降ると妙に世の中が静けさに包まれる。
夏の雨は湿気を帯びるのが苦手なだけで
涼しくなるし、空気が若干土の香りを含ませる。
近所をふと何なく散歩する時、
わざと雨に打たれる事もあるくらい。

雨が好きかどうか分からないけど
いつもと違う光景を見ると、
いつもと違う音が聞こえると、
そしていつもと違う匂いがすると、
妙に心が躍り出す。

色々な地に転々としてきたせいか、
そういう新しい事象に飢えてるのかも知れない。
ちょっとした日常の変化で気持ちが変わるということ、
すなわち、毎日の中でのちょっとした変化に
より敏感にもなれば、毎日は変化に富んでくる。

今年初め、大雪が降った日があって、
武蔵野市一面は真っ白な雪化粧に覆われた。
少しどことなく京都の雪を思い出したほどだった。
父方が京都なので、冬になるとよく遊びに行ったもの。
ちょっとそんな大昔の光景を頭に浮かべながら歩く
いつもの歩道は、全く違う歩道を歩いてるようだった。


自分の中に蓄えられている過去の財産は
気付かないまま、ひたすらに眠った状態にあるんだと思う。
毎日同じ事の繰り返しで
疲れて、マンネリして、感覚が麻痺していく。
そして、その状況にも麻痺していく。
いずれ自然災害があっても、
いつもと何ら変わらない感覚でいるのかも知れない。
せっかく心に残る毎日の中での財産は
いつ、どこでも引き出せるように
常に何事にも敏感に感覚を保つ事が必要。

単純に楽しめばいいんだと思う。

時々大きく空を見上げる事もある。
何となく海を見た時のような、
壮大な気持ちになり、
ゆったりとした気持ちにさせてくれる。
公園に行けば土の香り。
色んな自然からの贈り物の中に
過去の財産が詰まってるって事、
忘れないようにしなきゃ、
って、窓の外の雨が降りしきる車道を
眺めながら考えてたり、考えてなかったり。



Bm7.jpg


どうでもいいけど、
今日の雨、

Bm7(-5)

的な、響きがする、非常に。
雨が降る外の景色を眺めながら、
ちょっと音を出してみたら
その響きが雨と調和して
頭から離れなくなった(笑)

うん、でもマッチする今日の和音です。


| 想ふ処 | 09:38 | トラックバック:0コメント:4
カナダと幼少時代と石川大地
大阪吹田市で生まれ、
6歳にして、日本の地を飛び立った。
今でも鮮明に覚えてるが、ちょうど誕生日を迎えた日に
飛行機に乗り、機内で誕生日を祝ってもらった記憶がある。
そして、6歳の誕生日に降り立った地、
そこは緑が芽生え始めた季節を迎えた北の大地、

北米、 カナダ だった。

20050703125556s.jpg

その壮大で美しい自然は世界遺産にまで認定されているほど。
それが生まれて始めての海外で
生まれて始めての移住だった。
その広大過ぎる土地の広さにビックリしたのも覚えてる。
最近では同性同士の結婚が認められた事が話題になっているけど。

カナダ、オンタリオ州トロントでの生活が始まり、
すぐ現地の幼稚園に入らされた。
でも三ヶ月もしない内に
いつの間にか英語が身についており、
半年過ぎた頃には
特に日常会話に不自由しない程度にはなっていた。

ただ、小さい頃は体も弱く、
今とはうって変わって骨格も小さく、
そして性格的にも穏やかで非社交的だった。
自分も子供であれば、周りも子供。
特に何かで苦労した覚えもないが、
確かに、少し人種差別はあったように思う。
子供心ながらに、少し悲しんだ事だったと思う。

性格のせいか、
その広大過ぎる土地のせいか(←コレは違うと思うけど笑)
あまり外出をしなかったと思う。
もちろん、カナダの大都市、トロントと言えど
真冬にもなればマイナス20度の世界。
あまりにも子供にとっては過酷な寒さだ。
それもあってか、特に外出する事もなく
家でばかりをひたすらに描いていたのが
今になって考えてみると、創作する事の
第一歩だったのかも知れない。


カナダはとにかく自然が多い、そしてとても綺麗。
例えるなら、日本の美しさでもある
四季』がしっかりと感じ取れる、
自然も食材も、そして人も。
冬は氷点下の寒さだが、
真夏では軽く30度も超す程の暑さ。
春には雪解けから息を吹き返した花や植物たちが芽生え始め、
秋は銀杏の樹がその葉を黄色く染めあげ、
メープルの葉は黄色から鮮やかな朱色に染まる。

四季の移り変わりがはっきりしている国の自然は豊かだ。
動物たちも、自然も、人たちも巡り巡って
その与えられた季節を、
それぞれの過ごし方で過ごす。
とは言え、真冬の寒さは尋常じゃないくらいなんだけど(笑)


小学校にあがる頃には
当時流行っていた音楽を耳にする機会も増えてくる。
その頃はAORの全盛期。
いわゆる80年代の時期だった。
STING George Michealもその頃は流行っていた。
兄貴が買ったカセットアルバムとウォークマンは
ちょっと遠出する時には欠かせないアイテムだった。
その頃に一番聴いていたのが

George MichealFAITH

Goergeの初ソロアルバムとして発売されたこのアルバムは
ものすごい売れ行きで、一大ブームにもなっていた。
そんな彼の歌声を何回も何回も飽きずに聴いていたものだ。

家の地下室にあったスピーカーからは
よくクラシックの協奏曲を流していた。
JAZZのスタンダードやクラシックの名曲など
良いと思える音楽は、お小遣いを使って買っていたのを覚えている。
逆に兄貴はハードでラウドな流行のロック音楽を聴いては
兄弟で対照的な印象を周りに与えていたと思う。
行く行くはそういう音楽も好むようになったけど。
今はセリーヌ・ディオンアブリル・ラヴィーン(結婚が決定したそうで☆)
NIKKELBLACKスパイダーマン1の主題歌)
SUM41(ボーカルがアブリルの婚約相手)など
有名なアーティストは数多い。

当時全米通して爆発的に人気があった
DEF LEPARD

とか、

BON JOVI

とかも何故か隠れて聴いていたりもした。

次第に音楽とより触れ合うようになり
グレゴリオ聖歌など教会にて歌うようになっていた。

年齢を重ねていき、
初めて気付いた事があった。
どんな音楽をやっていたとしても、
自分が一番最初に好き好んで聴いていた音楽、
それが根底に必ずあるんだと。
いずれはそういう音楽に回帰していくんだと
帰国してからしばらく経ってふと思った。

今はその頃聴いていた STINGGeorge Micheal に影響を再び受け、
今も尚、好き好んで聴いている。
きっとみんなにも自分が最初に買ったレコード、CD,カセット、
そういうのを心の片隅にしっかり記憶させていると思う。
今でも、それらを思い出す事もあると思うし
今でも、それらと触れ合ってるのかも知れない。
そこには色々なドラマと色々な想いがあると思う。
そんなちょっとしたドラマの一つ一つ、
大事にしていきたいし、いって欲しいし、
ちょっと覗いてみたい気すらする(笑)
だからみんなの昔の宝とか、
教えてもらえたらすごく嬉しいですね☆

音楽に関わらず
どんな小さな記憶でさえ
子供の頃に受けた印象や衝撃は
大人になった今でも忘れていないという事。
リアルタイムで80年代の音楽と触れ合えていた事を
今になっては何よりも有難く思う。
そして、2005年(何年代って呼ぶのかな?)になった今、
彼らのSOULを引き継いで、
より新しい何かに転化していければ
少年時代の自分も喜んでくれるんじゃないかなって
何となく思えてきた。

今は色んな人が留学
夢を追ってカナダでの生活を楽しんでいる。
これから行く人も帰ってくる人も、
カナダでは色々と発見があると思う。

今のカナダ、、、
トロント、モントリオール、バンクーバー、ケベック、カルガリー、、、
どんな景色になってるんだろう?





| | 12:56 | トラックバック:2コメント:6
夢と現実の狭間で生きる
って何だろう?
夢がある 』、『 夢を追う 』、『 夢に破れる
など、良く言うもの。
でも、夢って何?
現実的ではない事を言うのかな?

時間軸と共に価値観も変わり
やがて夢もその姿を変えていくのだとは思うけど
どんな時にも『 』って叶えるためにあるんじゃないかな?
今こうしてる間にも夢に向かって励んでる方はたくさんいます。
勝ち組』になるために頑張ってる人もいる。
本当は勝ち負けではないんだけど、他人との比較ではなく
自分の中での勝負での勝ち負けだったら納得かな。

ただ、
音楽を『』として掲げる必要はあるのかな?
趣味の範疇ではないコトに対して
』と位置づけるのだろうか?
今の生活が『現実』であって
未来の目標が『』であるのであれば

それなら、今はまさに
』と『現実』の狭間に生きてるコトになる。

幼い頃から割りと音楽には親しむ生活をしてたのもあって
割と『』という位置づけをどちらかというとしないで
そのまま音楽に没頭してきた感がある。

でも、今思うと
確かに『音楽』においての『』はあるのかも知れない。

何もミリオンセラーを出すことや
豪邸に住むこととか
そういうカタチではなく
もっと『 石川大地の音楽の 』がそこにはある。

性別や年齢、
住む場所、
住んでいる環境、
肌の色の違い、
言語の違い、
価値観の違い、
宗教の違い、
ジャンルの違い、


こういう『違い』を払拭するような
そんな音楽が創りたい。
なんだか大きなことを言ってる戯言に聞こえなくもないけど
音楽を聴いて感動するのに、理由はありますか?

音楽は自分ひとりだけの感動を呼ぶのだから。

最初に好んで聴いていたのはクラシックの協奏曲がメインだった
それが今になってはポップスやロックを好んで聞くようになってる。
別に何もクラシックを聴いていたからと言って
いわゆる格式めいたところは何もなく
ただ好んで聴いていた。
でも、それが音楽。
好んで聴く、そしてそれらに感動を受ける。

そこには『言葉』も『宗教』も『価値観』も関係ないと思う。

そういう概念で音楽を聴いたコトはないし
そういう風にして聴くだけ無駄だと思う。
楽しむコトが根底にあり、それが目的であるならば。


今後の石川大地の夢って何?って問われるならば

『自分がその昔、今も尚、感動を受ける音楽というものを、今の世界に、そして未来、人々に何かしら感じてもらえるような、そんな音楽を創り、世に出していきたい』

ってコトかな?

でも、何か文章にして書くとちょっと大袈裟な感じはあるかも(笑)

自分の『』、すなわち自分にとっての目標を見失わない限り、
きっとずっとずっと好きで音楽ができると思うし、
きっともっともっと素敵な音楽にも巡り合い、
きっとだれかの心に響く旋律を生み出してることと思う。

抽象的な言い方かも知れない。
でも、
そんなアーティストでありたいって
昔も今も、そして未来も思っていきたいです。



どんな方でも『』を持ってる人は『 夢追い人 』、仲間なんですよね^^

みなさんのささやかな夢、人生の夢、どんなを目指してますか?




| 想ふ処 | 12:23 | トラックバック:1コメント:4
吉祥寺の一角と石川大地と
吉祥寺の駅を南下すると
井の頭公園に辿り付く。
吉祥寺に住む人々に愛され続けている公園。
毎週日曜日のお昼ごろになると
自然散策とストリートを聴きに
散歩がてら訪れる事が多い。

先日のその井の頭公園にて
大樹のストリートを見終わった後に
井の頭公園の外れにある廃墟というか
何かしらの建造物の跡地を通り過ぎた。

前々から気にはなってたミステリアスな空間だった。
表の通りからは、フェンスが敷かれ、中に入る事が拒まれている。
いつもそこを横切る度に、そこから見える緩やかな左曲がりの階段。
レンガでできたその階段の至るところにヒビが入り、
雨や風に砕かれた痕跡が至るところに伺える。

20050701125154.jpg

そんなミステリアス過ぎるところ、
いつか入ってみたい、というか
PV撮影とか、写真に収めて何かしら
使う用途はないかとすら考えていた。

そして機会は訪れた。

20050701125212.jpg

中に進入し、その先に見た光景は、、、

20050701125147.jpg

何とも言い様のない、廃墟だった。
廃墟というのか、自然公園の隅に忘れ去られた空間かのように
その中だけは異質な雰囲気に支配されていた。
とても隔離された空間であり、趣きは若干アーバンでいて、
とてもアートな感覚に包まれていた。

ちょっとギターでも持っていって
曲でも作ってみたくなるような小さな宇宙。
そこに居合わせた大樹も同じくして興奮してた。

20050701125220.jpg

その廃墟の壁にスプレー缶で描かれていた文字、

KEEP ON MOVING

きっと夢を抱く若者が描いた文字だと思うけど、
この公園には夢を持つモノ、
恋心を持つモノ、
愛犬と楽しむモノ、
それぞれの人生が公園の場で行き交う人生交差点のような場所。

前進あるのみ

20050701125225.jpg

なんとなく自分にも言われてる気がした。
何だか、ちょっと久しぶりにワクワクしちゃったかもね。


| | 12:56 | トラックバック:2コメント:20
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PROFILE

石川大地
石川大地
自然と人と音楽をこよなく愛するシンガーソングライター。武蔵野市、吉祥寺在住。
大阪で生まれ、6歳から海外に移住し、そこで他民族、様々な文化や自然、音楽に触れる事ができ、現地での聖歌隊、ミュージカルなどの活動の中、中学時代にギターと出逢い、それと同時に曲作りを開始させる。幾多のバンドにVoとして参加し、しばらくの活動休止を経て、現在のソロシンガーソングライターのスタイルに至る。



LIVE SCHEDULE

≪2010≫

6/26(土)表参道LADONNA


6/19(土)渋谷LANTERN


5/22(土)渋谷LANTERN


1/23(土)渋谷LANTERN


≪2009≫

10/17(土)渋谷LANTERN

8/2(日)渋谷SNOOTY FOX

7/25(土)渋谷LANTERN

5/2(土)渋谷LANTERN
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