音楽と人と自然はいつも無限大。…そして『石川大地』も。 音楽と人と自然を愛し、独自の世界観を作り出すシンガーソングライター『石川大地』のブログ。

石川大地と音楽と自然と。

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History Channelと石川大地と。
History Channnel

先日、渋谷駅構内にて、
街頭インタヴュー的なものに出演してきた。
街頭インタヴューとは言え、友人の繋がりで来た話。

History Channel

という国際ケーブルTVなのだが、
アメリカなどでは、なかなかの人気がある番組だとか。
具体的には、世界各国の国民が
自国の政治や経済、さらには科学などについて
どのような考えを持っているのかを話すという企画。

ただし、全て英語で(汗)

いやね、正直言って緊張しましたよ。
長年英語を話す機会もなく、
もう帰国してから何年も経ってる中で舞い込んできた話。
いや、質問も質問だったこともあって、
正直最初はテンパった。

-自分の国の政治のタイプはどのようなものですか?そして、それに満足してますか?その理由は?

こんな質問ね、普通街角で若者に聞いてもなかなか答えてもらえないと思うし。

-なぜ科学者は石油やガスに代わる燃料をみつける事ができないのでしょうか?そして、石油やガスに代わるような燃料はありますか?

いや、科学者じゃないんで。
燃料ありますか?って質問をいち素人にしても…ねぇ。
一応ね、知ってる知識は話した、と思う。
英語だったんで、半ばちゃんとした説明になってなかったかもしれないけど(笑)

代替エネルギーとして、火・水・風・原子力・水素・太陽光などあげられるが、燃料として石油やガスの需要に追いつけるものは今のところ発見されていない。

期待されている燃料では、
バイオマス、いわゆる微生物を使った燃料生成や、
アルコール、酒に使われるようなアルコールを使うことによって、
燃料を作り出すのに必要な原料は穀物類と地球に優しい。


とまぁ、そんなこんなで、30くらいあろうかという程の質問に、しどろもどろしながら英語で答えていったわけで。

確か放映されれば、来月あたりだったような。。。

もうちょっと英語を話せる機会を設けたいって思う今日この頃です、はい。





石川大地 blog
bn

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| | 15:34 | トラックバック:0コメント:0
休日と散策とGURAと石川大地と。part1
休日の過ごし方は人それぞれ。
部屋で寛ぐ人もいれば、
外へ刺激を求めに行く人、
友達と遊ぶ人もいれば、
一人で街を散策する人もいる。

大地の休日は主に自然と戯れること。
早朝の人の少ない公園を歩いたり、
自転車で木々のある道に沿って
何気なく少し遠出をしてみたり、
自分が一番安らげる環境に身をおくことが多い。

そしてまた、そんな休日を過ごした。

散歩道

早朝によく散歩がてら出かける公園がある。
割りと近所にあって、広大な敷地に草しかないようなところ。
その公園の周辺には大きな建物もなく、
朝日が昇る瞬間などは実に絶景だったりする。

今回の休日では、その公園に始まり、
近所の散歩道を歩き、
そしてまた、多摩自転車道を愛車(?)で走った。
何度も走り慣れているこの自転車道も、
季節によって全く異なる顔を見せ、
毎回楽しませてくれる。
何よりも自然の中を走るのは気持ちがいい。

近所の公園から始まった自転車散策は
音楽仲間で親友のヒロ(GURA)と同行した。
彼もまた自然が大好きな人間でもあり、
早朝から散歩や犬連れの人に話しかけては
自然を満喫しているようだった。
杉並区に住む彼は、いずれ武蔵野市に引っ越す、
と何度も口にしていたほど、
この辺りの自然に触発され、癒されていた。

ヒロ(GURA)

やっぱり人間って自然を一番求め、心地よく思うんだなと、
木々に囲まれた散歩道を進みながら改めて思ってみたり。
昼近くになって太陽も昇り、
少し気温も上昇してきても、
木々に遮られた光はむしろ暖かく心地よい。
木々の隙間からこぼれ落ちる木漏れ日は
何か朝を祝福してくれる光のよう。
蝉たちや野鳥たちの鳴き声が響き渡る中
大地とヒロの二人はしばらく木漏れ日の下、
徒然なるままに無駄話に花を咲かせていた。

木漏れ日

自然に囲まれたこの街が大好きだけど、
やはり大地をとりまく人たち、仲間や親友たちが
何よりの一番の財産であり、支えであることには変わらない。
大地の音楽には、自然の力と、彼らの存在、支えがあって
成りたいっていることには間違いないなと、
強く再確認できた一日でもあった。

休日は何よりも友人と過ごすに限る。
一人で楽しむのもいいけど、
自然は分かち合うもの。
一人より二人。二人より三人。
類は友を呼ぶとは良く言うが、
自然に囲まれ、自然好きに囲まれ、
自然の申し子(?)としては実に幸せである。
そうも思えた休日でもあったのかも。




| | 15:28 | トラックバック:0コメント:6
井の頭公園の廃墟のその後。
以前、ここの記事の中で
井の頭公園の中にある廃墟を紹介したが、
先日再び訪れてみたところ、
もうすでに工事の手が掛かっており、
ほとんどが崩れ落ちていた。

螺旋状のレンガ製の階段が迎えるその廃墟は
今やもうただの崩れたコンクリの塊と化していた。

それを見た瞬間、
どことなく、言葉に表しようのないような
それほどまでの喪失感に見舞われた。

最近になって発見できた異次元空間。
そして、その異次元空間は必要とされていなかったかのように
今ではもう見事なまでに崩れ去っていた。

井の頭公園廃墟

Keep on Moving

の壁に書かれた文字が鮮明に思い浮かぶ。
あの文字を撮影しておけばよかったと今更ながら少し後悔。

ただ、今になって伝わってくるもの、
壊されてもなお、
常に時代は動き、進んでいるということ。

上の言葉のように、
過去に囚われず、立ち止まらずに進む。

今はもう廃墟と化した瓦礫の山を見ながら、
崩れ去った瓦礫の下のどこかに埋もれてしまったその文字が、
何だかそんな風に呼びかけてくれているような、
ふと、そんな感覚に触れさせてくれたような
そんな感じがした。



[井の頭公園の廃墟のその後。 ]の続きを読む
| | 22:56 | トラックバック:0コメント:4
吉祥寺と伊万里と石川大地と。
オーストラリアから帰国して間もない頃、
良く吉祥寺の街をイトコに案内してもらったりしたけど、
そんな風にして行き当たりバッタリな感覚で街を徘徊し、
疲れた足を休めるように辿り付いた一軒の喫茶店に足を踏み入れてみた。

cafe de 伊万里

一言で言うと、伊万里焼を扱う喫茶店だった。
店内は二手に分かれており、
店内に入って右手は一枚岩でできたカウンター席があり、
左手には12人掛けの大卓があり、伊万里焼の展示も行われていた。
とても居様な空間が非常に印象的だったが、
お世辞にも綺麗でハイセンスなお店とは思えないそのお店は、
独特のアンティークな雰囲気が色濃く、妙に音楽の創作意欲を刺激した覚えがある。

結局その日にバイトの面接を受けることになり、
そのまま、お客からバイト面接に切り替わり、
しかも、その翌日から働くことにもなった。

結局長年働いたお店なだけあって
今でも愛着はあるし、ちょこちょこ顔も出している。
先日顔を出したら、昔一緒に働いていた
I氏Sっちが働いていて、ちょっと昔を思い出して
妙に懐かしく、嬉しくなっちゃったりもした。

もともと飲食店で働くのは好きで、
接客というか、料理を作ったり、
珈琲を入れたり、お客さんと会話したり。
そんな日常が大好きだった。
楽しいことばかりでもないけど。

珈琲専門店だったので、
色々と珈琲のことも勉強できたし、
技術的にも珈琲を入れるイロハを教わった。
面白いことに、同じ豆でも
入れる人によっては味が全く変わってくるほど。
そして、自分の入れる珈琲にお客さんがついてくれるほど、
お客さんにも顕著に味の違いが出てたんだと思う。
自分の体調が悪い時や、うわの空の時には、
どうしても美味しい珈琲は入れられない。
無心で珈琲豆に一定のスピードと熱、量をもって、
香り立たせるように静かに注ぎいれる。
一杯一杯ドリップ式で珈琲を入れていた当店で、
実際に珈琲を入れさせてくれるようになるまで
丸々2年もかかったくらい難しいことでもあった。

この伊万里を通して色々な出会いもあった。
音楽を通して、ほとんどの友達は
このお店に会いに来てくれたり、
お茶しにきてくれたりした。
小さい頃から実家を持たずに転々としてた大地の
唯一の実家的な存在だったのかも知れない。

今はお客さんの足取りも減ってきてるのか
左手の大卓のある部屋は打ち壊しになり、
右半分しか残っていない。
少しばかり悲しい気持ちもあるが、
何とかずっとこのままが残り続けてくれることを願いたい。



ふと淹れたての美味しい珈琲を飲みたくなる。
時間を忘れる一時を珈琲と共に、、、。

| | 12:51 | トラックバック:0コメント:0
オーストラリアと生活と歴史と。
13歳の時に渡った大きな島国、オーストラリア
赤道直下に近いパパヤ・ニューギニアの南に位置する砂漠地帯。
日本と季節が真逆。夏と冬の2季しかなく、非常に乾燥してて暑い。
オゾン層の破壊に伴い、紫外線の強さも半端ではなく、
太陽光は肌に突き刺さるように痛い。
全世界で最も皮膚癌の多い国だという事実もある。

渡豪して、すぐにESL(English Second Language)の学校に通い、
英語や生活勘など、カナダで養ったカンを取り戻すようにした。
しばらくして2月が訪れ、高校に入学し、現地生活が始まった。

カナダに住んでいたのは5年近く。
とても穏やかで、楽しい印象の多かったカナダでも生活。
それとは打って変わって、人種差別の傾向が強いオーストラリア。
一概に全員がそうだとは言えないが、その傾向を強く感じた。

カナダ、オーストラリア共に、移住先として人気が高いという。
でも、この二国には決定的な違いがあるという事はあまり知られてはいない。

カナダとは、大自然に恵まれた冬は寒い国。
治安は良い。英語が通じる。
オーストラリアとは、南半球に位置し、
日本との時差がほとんどなく温暖で英語が通じる。

移住先の第一条件に見合う国として、
カナダとオーストラリアが候補に挙げられるケースが多いと言う。
どちらも英語圏で治安が良く、自然に恵まれた外国。
確かに元英国連邦の直轄地として、
その後、独立した歴史を持つことなどを見ると
共通点が多いことも間違いの無い事実。
しかし、日本人として海外移住や海外生活を行う中で、
この2つの国には決定的な違いが存在している。
その事は案外、知られていないのだ。

その違いとは、日本人の歴史そのもの。
カナダは明治初期から多くの日本人が入植し、
大正時代には日本人町を造り上げ、
現在に至るまでカナダ西海岸の漁業に大きな足跡を残してきた。
約120年前から日本人がカナダに数多く渡っていたことで、
カナダには日系カナダ人が非常に多く、
その世代はすでに4世まで根を伸ばしている。
彼らはカナダ人としてカナダ社会に着実な信用と実績を築き、
それはカナダにおける日本人への信頼となっているのである。
ですから、これから海外生活を始めようとする日本人にとって、
歴史的に対日感情の良いカナダという国には
スムーズに受け容れられる土壌があるのだ。

一方のオーストラリアだが、
日本を含めるアジア地域からの
移民政策を開放したのが1960年代になってから。
オーストラリア生まれの日本人が、オーストラリア社会に帰属し、
信用と信頼を勝ち得るまでに達していない。
日本人が頑張るほど、現地での風当たりが強くなるのは
仕方の無いことかもしれない。
オーストラリアの失業率が高いのはアジア人の移民政策の影響だ!
と声高に叫ぶ国会議員と、それを支持するオーストラリアの市民。
全ての人がそうだということではないけど、
カナダには無い雰囲気というのが、
この日本人を含めるアジア人追放政策を
唱える人々が存在する、ということ。
観光旅行で短期間だけ滞在し、
観光地だけを巡ってくるだけでは決して分からない
オーストラリアの知られざる一面だったりもする。

日本人として海外で生活する上で、
現地の人々から素直に受け容れられるか?ということが実は一番大切。
綺麗な国だとか、物価が安いとか、気候がどうだとか、なども重要だけど、
それ以上に大きなウエイトを占めるのは現地の人々から受け容れられるのか? 
その土地に居ついて住めば住むほど痛烈に感じること。
その意味では、年中暖かく過ごしやすいオーストラリアが、
本当の意味でアジア人に対する受け容れが整ったとき、
素晴らしく住みやすい国になるとは思うが、
道のりは長く感じて仕方がない。

二つの国で見比べてみても、
これだけの歴史背景が違い、
それに伴って日本人の位置関係も大きく変わる。
現地の高校に通いながらに思った事がある。
オーストラリアは歴史上、日本人とまだ希薄な関係しか築かれていない、
という事実を差し置いて、やはり土地は広けれど、島国なんだ、と。
基本的に移民国家なのもあるので、人種は多い。
元々、オーストラリアの純粋な原住民は街を追いやられ、
森や街の郊外での生活を余儀なくされ、
それも政策問題として、未だに解決に至っていない。
島国な見解や価値観がそこにある限り、広がりは生まれないのかも。

イギリス色が色濃く根付いているオーストラリアの教育制度は
物凄く賛同させられるところが多い。
実際、アジアからの留学生や、アジアへの留学制度など、
オーストラリアに滞在していた晩年には
そういうのもちょっとづつ発展していってた。
だが、オーストラリアという国に強く根付いているアジア批判
とても悲しい事だし、バカげてるとも感じた。
一日も早く、人間の人種によっての争いや問題がなくなる日が来ることを
心より願った日はなかった。





| | 11:54 | トラックバック:0コメント:0
ノルウェーと自然と音楽と
ノルウェーノルウェーサーモン

と連想する人も少なくもないとは思うけど(笑)
実際は捕鯨国でもあり、食卓には鯨のステーキとかも出てくる。

ノルウェーは北欧の最北端に位置する元スウェーデン領の
北欧・スカンジナビアの1国。首都は南に位置するオスロ
面積は日本と変わらないほどで、人口450万人足らずの国。
サッカーとかでも有名だったりもするが、
カナダ同様に極めて寒いため、
冬にもなれば国のほとんどは雪に覆われているような感じ。

そんなノルウェーの最北端に位置する街、

トロムソの景観

トロムソ

北極圏最大の街であり、北極圏のさらに北に位置する。街の人口は5万5千くらいの小規模な街。その美しい建造物によって、「北のパリ」とも呼ばれている。

トロムソの街中

一年の半分は
太陽が一日中昇っている白夜(5/20~7/22が白夜期間)
逆に一年のもう半分の冬は、夜が非常に長く
オーロラが見事に見られる。カナダでもオーロラは綺麗に見れるけど。
北極圏最大の街なのに、以外と寒さはそうでもないらしく
カナダと比べても遥かに暖かいという。
-5度から-10度くらいにしかならないらしい。
大西洋に面してるおかげで、暖流が北に向かって流れていることから
カナダと比べても遥かに暖かいとされているらしい。

トロムソの夕方

以前からとても興味があって、
一生に一度は訪れてみたいって思ってた街。
北欧とかの寒い国では基本的に自然が手付かずのままが多い。
やっぱり寒さのせいもあってか、
開拓なども極力避けてたりするのか、
自然を破壊する事でより寒さが厳しくなるからか。。。
ともかく、なんといっても建造物が美しい。
カナダもそうだが、人が出入りするような建物は
とても凝って造られていて、非常に目を楽しませてくれる。
国柄も出るし、何よりも建物に対しての思い入れが深い。

南国の開放的な美しさや暖かさも好きだけど
どうしてかひどく寒い国の
刹那的ではない、生活の中での美しさ
そういうものに惹かれてならない。
カナダで育った事も影響してるのかも知れないけど
なんとしても一度足を踏み入れてみたい。
やっぱり村上春樹の『ノルウェーの森』を小さい頃に読んだからかも?

育った環境によって人は大きく変わる。
例えば、カナダの中でも
大都市のトロントで生まれ育ったアブリル・ラヴィーン
旧都市のモントリオールで生まれ育ったセリーヌ・ディオン
この両者を想像しても、カラーが違うし、雰囲気も全く違う。
音楽のジャンルも年齢も違うといったらそれまでだけど
やはり、生まれ育つ街によって人は育てられるんだなって思う。
というか、そうであって欲しいし。
自分が生まれ育った場所などを誇りに思い、好きであって欲しい。

さて、ノルウェーの音楽シーンに関しては、
また機会を設けて書くとして、
最近は沢山のアーティストが世界の音楽市場に顔を出している。
彼ら一人一人から感じるのは
やはりノルウェーという土地で育ってきたという
独特な雰囲気や匂い、そして音。
繊細でいて細やかで綺麗なところが特に好き。


大地が生まれ育ったところって
結局どこになるんだろう??
やっぱりカナダで一番影響を子供の頃受けたのかな。




| | 12:28 | トラックバック:0コメント:0
故郷の自然と思い出
故郷の思い出ってありますか?

大地にとって、故郷の一つ、カナダ
そして、その雄大な土地にある壮大な自然の一つ、
カナダとアメリカの国境に位置するナイアガラ。
五大湖に囲まれ、それぞれの湖から
滝つぼに膨大な水が流れ落ちる。
世界最大の滝、 ナイアガラの滝
『ナイアガラの滝』
北アメリカを代表する景勝地。アメリカとカナダの国境に位置し、アメリカのエリー湖からカナダのオンタリオ湖に向かって流れるナイアガラ川にある滝。川の中央にあるゴート島に向かって右側の馬蹄型のカナダ滝(高さ48m、幅900m)、左側のアメリカ滝(高さ51m、幅300m)がある。

その広大過ぎる自然を目の当たりにして
ちょっと人間の非力さすらを感じたこともあったくらい。
1kmほど先にいても飛沫が飛んでくる程のダイナミックさ。
その周辺ではカッパとか着込まないと
飛沫でたちまち濡れて寒くなってしまう。

真冬にもなれば、その広大な滝は
真っ白な泡模様となって凍りつく。
その凍る模様といったらもう、言葉に表せない程の神秘。
おそらくは凍りついた表面の下では勢い良く
川の水が流れている事なんだろうけど
流れ落ちる水が凍る様は何にも例えようがない景色。
マイナス20度の寒さに耐え得るのであれば、
真冬のナイアガラに行かれる事をオススメします(笑)

先日はIndependence Day(アメリカの独立記念日)があり、
ナイアガラの滝で花火が打ち上げられていた。
幾度か見たその光景、今も尚、それは続けられているって
ちょっとセンチな気持ちになりますね。
ちなみにカナダの独立記念日は7月1日。近いんです。

ナイアガラの滝がある、オンタリオ湖の中心には
小さなユートピア島がある。
今でも存在するかは分からないが、
国立自然公園が湖に浮かぶ島として存在しているのである。
よく船を利用して、広いオンタリオ湖を渡り
その島に行ってはサイクリングやキャンプなどして
自然を満喫してた思い出がある。
もう名前も忘れてしまったその島は、
どことなく海上の楽園と呼ぶに相応しい島だったかも知れない。

トロントはアメリカで言うニューヨークのような街。
一言で言えば大都会だという事。
でも冬にもなれば、その大都会を
真っ白に染め上げる粉雪が見事過ぎる程に綺麗。
そのギャップを見たら、どんな寒さをも忘れてしまうくらい。

ケベック・シティ、プチ・シャンプラン通り

モントリオールケベックなどは東側に位置する旧都市である。
主言語も英語ではなく、植民地だった時代の名残でフランス語が主流。
その風情豊かな建造物や自然は息を呑む程。
綺麗なんてものじゃない、調和とはこういう事を言うのだ、
と思いたくもなるほど。
初めてケベックやモントリオールに行った時は
その美しさに目を奪われ、しばらくは街を一人で
あてなく散策したくらい、夢中になり、心を奪われた思いがある。
今でもその時々で壮大な景色を思い出す事が多い。

凍ったセント・ローレンス川のほとりにたたずむケベック・シティ旧市街

今、留学やワーホリで故郷を訪れている人たち、、、
何かしら親近感が沸いてきてしまうのは
やっぱり故郷に強い思い出があるからこそなのかな?
今でもちょっと故郷に帰り、新しくなったその土地土地を
あてもなくぶらりと散策でもしてみたいものだ。

モントリオール、旧市街にあるノートルダム教会

世界の自然は雄大で美しくて、何よりも歴史が長い。
その威厳さえ感じさせられる自然に触れられ
今となっては何よりも感謝したい気持ちでいっぱいである。
ただ、今住んでいる周りにも
沢山の小さな自然や美しさが転がっている。
日常の中で、そのような自然を受け入れ
大切にしていく事が、何よりも感じる側としては必要なんだと思う。



ケベック・シティ、雪景色の旧市街

でも、ちょっとこうやって書いてると
またカナダにも帰りたくなってしまう(笑)
日本の美しい場所にも色々と足を運んでみたい。
何かきっと真新しい発見がありそうで
想像するだけでワクワクして胸が躍る。
その時にはまた、ギターを担いで旅でもしようかな。





ちなみに新宿にもナイアガラの滝があるらしい。。。




| | 12:28 | トラックバック:0コメント:10
多摩湖自転車道と石川大地。
知ってる人もいるとは思うが
武蔵境辺りから西武球場の方、多摩湖まで
まっすぐな一本道が続く自転車道。
それがこの「 多摩湖自転車道 」である。
五日市通りと井の頭通りが結ばれる地点、
その交差点に入口が設けられている。

多摩湖自転車道

距離にして約10km程度だったかな?
そこまで長いというわけでもないけど
本当にまっすぐなその道は、
途中で駅や、大通りの横断とかの邪魔がない限り、
至ってまっすぐな一本道なのだ。
この自転車道に入ってすぐ、道の先を見れば、
先が遠くの方まで続いているのが分かる。

道幅にしても、舗装された道は3mくらいしかなく、
二車線の行き来できるくらいの幅しかない。
もし走っている最中に
誰かが先を歩いている、
もしくは、逆車線の人とすれ違う、
なんて事は当たり前に起こりうる。
その時々に、「こんにちわ」と
声をかけて挨拶をしてみるのも
またその楽しさの一つだったりもする。

多摩湖自転車道2

武蔵境、東小金井近辺からスタートするその道は
主に西武新宿線沿いにあるその道は
花小金井』、『小平』などを通り過ぎてゆく。
その途中途中でケーキ屋や喫茶店、お団子屋さんなどが
道沿いにあったりして、一休憩に程良い空間が用意されている。
なかには、昔の家をそのまま保管してある村みたいなのがあり、
詳しい場所や名前はちょっと忘れてしまったが、(ふるさと村?)
江戸時代の庶民の住まいがどんなだったかが伺える。
広くて、綺麗な狭山公園も通り過ぎる。
本当に春や秋は風情があって最高に気持ちいい。

過去に三度くらいしか足を入れた事はないが、
そのどれも非常に爽快な気持ちにさせてくれた。
なんたって、その爽快なまっすぐの一本道が気持ちいい。
そして、その途中途中での休憩もまた新鮮で楽しかったりする。
今度行く機会があったら写真にでも収めてUPしてみたいな。

こうして、自分の家の周りの至るところに
ただ何となく足を運んでみては、
その先をただ行ってみる。
結構そんな事をしてると、面白い発見があったりするもの。
意外と、すぐ家の近くに、自転車道と似た
一本道の散歩道があったり、など
色々と発見は尽きない。

何十年も住んでるところだったら
もう知り尽くしていて当たり前かも知れないけど
それでも、知られていないような場所、道っていうのは
割とあるんだと思う。

あっ、この道、何だか面白そう。入ってみたいなぁ
って思った事はあると思う。
たまにはそういう時に、躊躇せずに
ちょっとした寄り道なんかもしてみるのも必要だと思う。
寄り道のない人生は、ちょっとつまらないだけの人生に思えるし。
新しい空気を入れるには、新しい行動がないと。

ちょっとした動機や好奇心というものは
いつだって持ってるものだと思うけど
どんどん歳とともに無視していってしまう。
時には子供に返ったつもりで、
素直に思うがまま進んでもいいんじゃないかな?

今度はギターを担いで行ってみたいと思う。
ちょっと距離的に担ぐのは厳しいかも知れないけど
何とかして持っていってみたい。
素敵な空間に包まれると、音も素敵に生まれ変わる。
ちょっとした放浪の旅みたいな、
そんな休日の過ごし方もたまにはいいんじゃないかな?





| | 12:55 | トラックバック:3コメント:9
カナダと幼少時代と石川大地
大阪吹田市で生まれ、
6歳にして、日本の地を飛び立った。
今でも鮮明に覚えてるが、ちょうど誕生日を迎えた日に
飛行機に乗り、機内で誕生日を祝ってもらった記憶がある。
そして、6歳の誕生日に降り立った地、
そこは緑が芽生え始めた季節を迎えた北の大地、

北米、 カナダ だった。

20050703125556s.jpg

その壮大で美しい自然は世界遺産にまで認定されているほど。
それが生まれて始めての海外で
生まれて始めての移住だった。
その広大過ぎる土地の広さにビックリしたのも覚えてる。
最近では同性同士の結婚が認められた事が話題になっているけど。

カナダ、オンタリオ州トロントでの生活が始まり、
すぐ現地の幼稚園に入らされた。
でも三ヶ月もしない内に
いつの間にか英語が身についており、
半年過ぎた頃には
特に日常会話に不自由しない程度にはなっていた。

ただ、小さい頃は体も弱く、
今とはうって変わって骨格も小さく、
そして性格的にも穏やかで非社交的だった。
自分も子供であれば、周りも子供。
特に何かで苦労した覚えもないが、
確かに、少し人種差別はあったように思う。
子供心ながらに、少し悲しんだ事だったと思う。

性格のせいか、
その広大過ぎる土地のせいか(←コレは違うと思うけど笑)
あまり外出をしなかったと思う。
もちろん、カナダの大都市、トロントと言えど
真冬にもなればマイナス20度の世界。
あまりにも子供にとっては過酷な寒さだ。
それもあってか、特に外出する事もなく
家でばかりをひたすらに描いていたのが
今になって考えてみると、創作する事の
第一歩だったのかも知れない。


カナダはとにかく自然が多い、そしてとても綺麗。
例えるなら、日本の美しさでもある
四季』がしっかりと感じ取れる、
自然も食材も、そして人も。
冬は氷点下の寒さだが、
真夏では軽く30度も超す程の暑さ。
春には雪解けから息を吹き返した花や植物たちが芽生え始め、
秋は銀杏の樹がその葉を黄色く染めあげ、
メープルの葉は黄色から鮮やかな朱色に染まる。

四季の移り変わりがはっきりしている国の自然は豊かだ。
動物たちも、自然も、人たちも巡り巡って
その与えられた季節を、
それぞれの過ごし方で過ごす。
とは言え、真冬の寒さは尋常じゃないくらいなんだけど(笑)


小学校にあがる頃には
当時流行っていた音楽を耳にする機会も増えてくる。
その頃はAORの全盛期。
いわゆる80年代の時期だった。
STING George Michealもその頃は流行っていた。
兄貴が買ったカセットアルバムとウォークマンは
ちょっと遠出する時には欠かせないアイテムだった。
その頃に一番聴いていたのが

George MichealFAITH

Goergeの初ソロアルバムとして発売されたこのアルバムは
ものすごい売れ行きで、一大ブームにもなっていた。
そんな彼の歌声を何回も何回も飽きずに聴いていたものだ。

家の地下室にあったスピーカーからは
よくクラシックの協奏曲を流していた。
JAZZのスタンダードやクラシックの名曲など
良いと思える音楽は、お小遣いを使って買っていたのを覚えている。
逆に兄貴はハードでラウドな流行のロック音楽を聴いては
兄弟で対照的な印象を周りに与えていたと思う。
行く行くはそういう音楽も好むようになったけど。
今はセリーヌ・ディオンアブリル・ラヴィーン(結婚が決定したそうで☆)
NIKKELBLACKスパイダーマン1の主題歌)
SUM41(ボーカルがアブリルの婚約相手)など
有名なアーティストは数多い。

当時全米通して爆発的に人気があった
DEF LEPARD

とか、

BON JOVI

とかも何故か隠れて聴いていたりもした。

次第に音楽とより触れ合うようになり
グレゴリオ聖歌など教会にて歌うようになっていた。

年齢を重ねていき、
初めて気付いた事があった。
どんな音楽をやっていたとしても、
自分が一番最初に好き好んで聴いていた音楽、
それが根底に必ずあるんだと。
いずれはそういう音楽に回帰していくんだと
帰国してからしばらく経ってふと思った。

今はその頃聴いていた STINGGeorge Micheal に影響を再び受け、
今も尚、好き好んで聴いている。
きっとみんなにも自分が最初に買ったレコード、CD,カセット、
そういうのを心の片隅にしっかり記憶させていると思う。
今でも、それらを思い出す事もあると思うし
今でも、それらと触れ合ってるのかも知れない。
そこには色々なドラマと色々な想いがあると思う。
そんなちょっとしたドラマの一つ一つ、
大事にしていきたいし、いって欲しいし、
ちょっと覗いてみたい気すらする(笑)
だからみんなの昔の宝とか、
教えてもらえたらすごく嬉しいですね☆

音楽に関わらず
どんな小さな記憶でさえ
子供の頃に受けた印象や衝撃は
大人になった今でも忘れていないという事。
リアルタイムで80年代の音楽と触れ合えていた事を
今になっては何よりも有難く思う。
そして、2005年(何年代って呼ぶのかな?)になった今、
彼らのSOULを引き継いで、
より新しい何かに転化していければ
少年時代の自分も喜んでくれるんじゃないかなって
何となく思えてきた。

今は色んな人が留学
夢を追ってカナダでの生活を楽しんでいる。
これから行く人も帰ってくる人も、
カナダでは色々と発見があると思う。

今のカナダ、、、
トロント、モントリオール、バンクーバー、ケベック、カルガリー、、、
どんな景色になってるんだろう?





| | 12:56 | トラックバック:2コメント:6
吉祥寺の一角と石川大地と
吉祥寺の駅を南下すると
井の頭公園に辿り付く。
吉祥寺に住む人々に愛され続けている公園。
毎週日曜日のお昼ごろになると
自然散策とストリートを聴きに
散歩がてら訪れる事が多い。

先日のその井の頭公園にて
大樹のストリートを見終わった後に
井の頭公園の外れにある廃墟というか
何かしらの建造物の跡地を通り過ぎた。

前々から気にはなってたミステリアスな空間だった。
表の通りからは、フェンスが敷かれ、中に入る事が拒まれている。
いつもそこを横切る度に、そこから見える緩やかな左曲がりの階段。
レンガでできたその階段の至るところにヒビが入り、
雨や風に砕かれた痕跡が至るところに伺える。

20050701125154.jpg

そんなミステリアス過ぎるところ、
いつか入ってみたい、というか
PV撮影とか、写真に収めて何かしら
使う用途はないかとすら考えていた。

そして機会は訪れた。

20050701125212.jpg

中に進入し、その先に見た光景は、、、

20050701125147.jpg

何とも言い様のない、廃墟だった。
廃墟というのか、自然公園の隅に忘れ去られた空間かのように
その中だけは異質な雰囲気に支配されていた。
とても隔離された空間であり、趣きは若干アーバンでいて、
とてもアートな感覚に包まれていた。

ちょっとギターでも持っていって
曲でも作ってみたくなるような小さな宇宙。
そこに居合わせた大樹も同じくして興奮してた。

20050701125220.jpg

その廃墟の壁にスプレー缶で描かれていた文字、

KEEP ON MOVING

きっと夢を抱く若者が描いた文字だと思うけど、
この公園には夢を持つモノ、
恋心を持つモノ、
愛犬と楽しむモノ、
それぞれの人生が公園の場で行き交う人生交差点のような場所。

前進あるのみ

20050701125225.jpg

なんとなく自分にも言われてる気がした。
何だか、ちょっと久しぶりにワクワクしちゃったかもね。


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PROFILE

石川大地
石川大地
自然と人と音楽をこよなく愛するシンガーソングライター。武蔵野市、吉祥寺在住。
大阪で生まれ、6歳から海外に移住し、そこで他民族、様々な文化や自然、音楽に触れる事ができ、現地での聖歌隊、ミュージカルなどの活動の中、中学時代にギターと出逢い、それと同時に曲作りを開始させる。幾多のバンドにVoとして参加し、しばらくの活動休止を経て、現在のソロシンガーソングライターのスタイルに至る。



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≪2010≫

6/26(土)表参道LADONNA


6/19(土)渋谷LANTERN


5/22(土)渋谷LANTERN


1/23(土)渋谷LANTERN


≪2009≫

10/17(土)渋谷LANTERN

8/2(日)渋谷SNOOTY FOX

7/25(土)渋谷LANTERN

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